魔法使いは尻胸エルフと対峙する
どうもフェルミアのお姉さんは老子と同じ匂いがします。
フェルミアの話しを聞いている内に、私の頭の中に耳のとんがった老子のイメージが出来上がってしまいました。
……似っ合わないですね、老子。
「それ、からかわれてない?」
話しを聞いた限り、そうとしか思えません。
「わ、私は本気です!」
「お礼はまだわかるけど恩返しするからって主従関係にはならなくていいし、メイドさんはお仕事だからね? あと身体で返すだなんて言わないし」
「あ、姉は森の民には珍しく一人で人間の町を旅しているんです。その姉が言うからには……てっきり本当のことだと……」
だんだんと声が小さくなっていきます。
とんがった耳はもう真っ赤です。
なんでしょう、ちょっとだけですがお姉さんの気持ちもわからなくもない気がしました。
愛でたくなる……かもしれませんね。
「なんか変に大げさになってるかなぁ。それに元々気にすることはないからね。別に恩返ししてもらう程のことしてないよ」
「そんなことはありません! 精霊のいたずらを止めてもらって、精霊魔法を手伝っていただいて、こんな私を許してくださって……。私、ずっと耳短が嫌いでした。姉の土産話を聞くたびにそれは増していきました。ですが、でも……あなたのことは……」
「……ちょっと待って」
二人と一匹が変な目で座って話す私たちを見ています。
わざわざ少し離れた場所で、何やら興味津々のご様子で。
「風止め。これで良し」
「なにをされたんですか?」
「これは特殊空間魔法の一つ。周囲に音が伝わらないようにする壁を作ったから、私たちの声はみんなには届かないよ」
「音が伝わらない……誰にも聞こえない。そ、そんな魔法も使えるんですね、さすがリヴィね……様ッ!」
ね?
名前の後ろにくっついた言葉を不思議に思っていると、フェルミアがぐっと手に力をこめました。まるで何かを決意したかのように。
「私を――お側において頂けませんでしょうか!」
「だから重く考えすぎだってば。そんな気にするようなことじゃ――」
「私じゃ、ダメですか……!」
「ふぇ……?」
前のめりで私の顔を覗き込み、フェルミアは細い指で私の手を強く握ってきます。
赤らんだ頬に涙を溜めた瞳。
私が男性であれば「俺が幸せにしてやる」とでも勘違いして言ってしまっていたかもしれません。そんな魅力がそこにはありました。
もちろん、そういう意味でないのはわかっていますけどね。
「だからね、そんな考えすぎずにもっと軽く――」
「リ、リヴィお姉さま……ッ!」
氷魔法でもかかったように私の思考が停止しました。
力なくカクンと頭を下げると、そこには涙をいっぱいに溜めた薄緑色の瞳がありました。
フェルミアが私の胸に顔を埋め、こいねがうように私を見上げていたのです。
胸の内がキュッと締め付けられるような不思議な感覚に襲われ、呆けた声がただ漏れます。
「ふぇ……ふぇぇぇぇぇ――ッ!?」
奇しくも先ほどのソフィアさんと同じリアクションになってしまいました。
「ちょちょちょ、ちょっと待って! え、私はフェルミアのお姉さんじゃないからただの魔法使いのあれのあれのあれ」
「……!」
「ちょちょちょちょ、ぎゅってしないで! ちょと落ち着いふぇっ!!」
「私じゃダメ、ですよね……やっぱり」
つうっとフェルミアの頬を涙が伝います。
「え!? いや、そんな……そういうことじゃないっていうか、どういうことかわからないっていうか、とにかくフェルミアはダメじゃないし、ちょっと冷たい印象はあったけど本当は良い子なんだと思うよ? ただやっぱり何がなんだか」
「うれしい……です……」
なぜ恥らうの?
え、どういうことなんでしょう。
頭がぐつぐつと沸騰してそろそろ爆発しそうです。
しょげたり恥らったり私の胸でされても、私はいったいどうすればいいのでしょう。
少なくとも書物にこんな状況は書かれていませんでしたから、答えがわかりません。
思えば私は老子以外の人をほとんど知らずに育ちました。
外の世界のことも老子が用意した書物や老子の話しで知っているだけです。
これは……もしかして普通のことなんでしょうか。
途端に自信がなくなってきました。
いやいやひとまず落ち着きましょう。落ち着いて冷静に考えればあばばば。
「――アハッ、うぶだと思ってたけど火がつくとすごいわね」
そんな中で、聞き覚えのない声が響きました。
森に木霊する綺麗な声は、空から降ってきたみたいにどこからともなく聞こえてきます。
「姉さん!?」
フェルミアのその言葉と同時に人影が現れました。
まるでフェルミアをそのままグラマラスにしたような外見で、どこか余裕を覗かせる表情、そして圧倒的な質感のお胸。
もう人間に勝ち目はないと確信させる女神のような方でした。
そしてまたおしり胸ですよ。
「あなたが、フェルミアのお姉さんですか」
魔法を解いて私は立ち上がります。ちょっとホッとしつつ。
イメージとはかけ離れていましたけど、お姉さんの瞳から受ける印象はやはり老子に通じるものがあります。
自信家でどこか他者を小ばかにしているようで、真っ直ぐ容赦なく見通してくる理知的な目。
私の最も苦手な目でもありました。
「初めまして、大魔法使いのお嬢さん」
「初めまして、ナイスバディのお姉さん」
腕組みをしたお姉さんのお胸がむにっと溢れ出します。
対抗して私はこれでもかとふんぞり返ってやりました。
「ごめんなさいね。初めてのことでこの子少し混乱しているみたい。愚妹が失礼したわね。まったく何をやらしてもこうなんだから。上手くできるのは料理ぐらいなものかしら」
「姉さん何をしに来たんですか!?」
「そう邪険にしないでよ。失敗ばかりの可哀想な妹が心配で様子を見に来たんじゃない?」
細身に似合わない大きな荷物を背負い直して、お姉さんは白い歯を覗かせます。
花が咲くようにと表現するのがぴったりな美しい顔です。
でも何か胸がぞわぞわするんです。
優しく笑う時ほど、老子は碌なこと考えていなかったですから。
「まったく、あなた森の民の価値観と人間の価値観の違いを知らなさすぎるのよ。まずは段階というものがあるのよ?」
「そ、そうなんですか? 確かに、考えていませんでした……。でも、手は握りましたよ……!」
「そうね、次はね――」
「ちょっと待った。やっぱりあなたですね、変なことをフェルミアに吹き込んたのは」
やはりこの人は老子と同じです。
さっきのアレもこの人が妙なことをフェルミアに言ったからに違いありません。
「いやだ、怒らないで?」
「良い性格していらっしゃいますね。さっきも大魔法使いだなんて仰いましたけど、私の風止めを無効化して聞いてましたね?」
「ありがと、耳は良いほうなの」
老子は言っていた。
舐められたなら舐め返せ、相手がふやけるまで舐め尽せ、と。
でもやっぱり私には合わないようです。勝てる気がまるでしません。
だから直球でいきます。
「お姉さん。一つだけ言わせてください」
「なにかしら?」とわざとらしく小首を傾げる様は、私をよけいにカチンとさせました。
「あなた――なんでフェルミアを助けてあげなかったんですか?」
「何の話かしら。私がこの愚妹を見捨てたとでも?」
「あなたほどの使い手であれば、フェルミアが精霊魔法を失敗する理由も察しがついたはず。あなたなら、フェルミアに手を差し伸べられたんじゃないですか!? 少し聞いただけですけど、フェルミアはあなたのことを信頼しています。そんな妹にあなたは今まで何をしてきたんですか!!」
私にはわかります。このお姉さんが相当な使い手であることが。
そもそもフェルミアも里で有数の使い手だと言っていましたし、以前から一人で人間の町々を旅していたならなおさらです。
そして何よりは老子に近いこの雰囲気、これだけで確信足るものでした。
「フェルミアにも言ったけれど、あなた達と森の民の価値観を一緒にしないでくれる? お嬢さんがどれだけ私達を知っているというの」
確かに知りません。文献に記載された森の民の情報は多くはありません。
何も知らない、と言ってもいいでしょう。
でも、だけど。
「――それがフェルミアを泣かせていい理由になるんですか」
そう言った私をお姉さんはしばらく黙ったままで見返します。
睨んでいるのではなく、まるで面白がって観察するように。
「アハッ、いいわ、認めてあげる。ただし……その前に私にあなたを認めさせなさい?」
「どうやって?」というのは愚問でしょう。
魔法使いと精霊魔法使いが対立するならばやることは決まっています。
なんでしょうかね、おっぱいの大きい人はみんな高圧的で好戦的なんでしょうかね。
でもいいでしょう。
「内容はどうしますか」
「魔法勝負なんておままごとはいやよ。それじゃあ面白くないでしょ?」
「姉さん! 何を言ってるんで――ッ!?」
お姉さんはフェルミアに荷物を押し付け距離を取ります。
私も巻き込まないよう皆から離れることにしました。
これはもうフェルミアの為ではありません。
私がただ我慢できなくなっただけの、私の戦い、私の意地です。
さぁ、巨乳やっちゃうべし――!