魔法使いはしれっと鼻をへし折る
ソフィアさんの言葉に冒険者さんはぴくりと片眉だけ上げて、「わかったから」と手をひらひらさせながらソフィアさんをあしらいました。
状況から察するに、手違いでジャイアントボアの討伐依頼がそのままになり、この方が依頼を受けてここへ来た、というところでしょう。
それでわざわざ私のところへ来たということは。
「あなたもお家が欲しかったんですか?」
また鼻で笑われました。
「こんな辺境の家貰っても仕方ないでしょ。喜ぶのは田舎者だけよ」
「はあ。ではどんな御用でしょう、冒険者さん」
冒険者――なかでも彼女は魔法使いです。
ジャイアントボアの討伐に来た時点でそうですが、腰に差してあるタクトもその証拠でしょう。
考えてみれば老子以外の魔法使いに会うのは初めてでした。
いえ副所長もたぶん魔法使いなのでしょうから、正確には二人目でしたか。
魔法使いって……偏屈な人しかいないんでしょうか。もしかして。
「報酬はどうでもいいの。私は後学の為にとここに来たの。そしたらもう解決しているって言うじゃない? ならその解決した”魔法使い”というのに会ってみようかと思ったわ。そしたら」
彼女は言葉を切って言外に嫌味ったらしさを匂わせます。
でもこの程度、老子に比べれば何ということもありません。
「そうですか。私はリヴィ、わざわざ会いに来てくださって光栄です。魔法使い、さん?」
さきほどから「魔法使い」を妙に繰り返す彼女にあえて言ってみたのですが、効果があったようでした。
冷ややかで侮蔑的ともいえる視線が、苛立ちと怒りへ変わりました。
怒られるようなことした覚えはないんですけどね。
「本当に無知な田舎者ね。色々問い詰めて本当のことを言わせようかと思ったけど、夢見がちで常識も知らないだけのようね。それにそんなことしたって何の得にもならなそうだしもういいわ。代わりにもっと早い手を使うことにしましょう」
「はあ、左様ですか。それで何を?」
冒険者さんはタクトを抜いて、それを軽く振りながらにやりと笑います。
「魔法勝負といきましょう。それでハッキリするわ。あぁ、あなた、魔法勝負も知らないかしら」
さすがに魔法使いで知らない者もいないでしょう。
そのままの意味ですが、魔法使い同士が同じ属性の魔法を使い、威力、規模、速度などなど特定の項目を決めて行う力比べなわけです。
それで老子によくいじめられたものですよ。
「何で私が冒険者さんとしなきゃいけないのかわかりませんけど、それでご納得いただけるんですか」
「えぇ、みんなが納得――理解するでしょうね」
みんな? 理解?
その意味はわかりませんでしたが、私はその勝負を受けることとしました。
失礼な態度にちょっとだけカチンと来ていたからです。
えぇ、別におしり胸への八つ当たりではないですよ? そんなことあるわけないじゃないですかあ(にっこり)。
「リヴィさん、ほんとによろしいんですか」
ソフィアさんが申し訳なさそうな顔で言ってくれますが、もう手違いがなんだという話でもありません。
ここで私が引き下がるなんて、きっと老子が許してはくれないでしょう。
『その下品な尻胸にいっぱい喰らわせてやりなっ!』
きっと天国……か地獄でそう仰っています。
「それで、あなたは何の属性?」
この人、さっきから全般的に言い方が変で頭の中がもやもやします。
言いたいのは何の魔法で勝負するか、ということでしょう。
炎、水、風、土、エトセトラ。魔法は幾つかの属性に分けられています。
私はこれが得意というものはないので、何でも良かったのですが、
「選ばせてもらえるなら、では火炎魔法で。内容は持続力でどうでしょう」
「いいけど」と冒険者さんは鼻で笑って、
「それは私の主属性よ?」
とよくわからない確認をしてきました。
属性に私のも何もありません。
あとずっと鼻で笑ってますけど、もしかして笑っているんじゃなくて鼻がつまっているだけなんでしょうか。
水魔法つっこんであげましょうか。
私は念のためソフィアさんを離れさせ、冒険者さんと対峙します。
そして自信たっぷりな冒険者さんを見上げつつ、
「あ、くしゃみがっ。ちょ、ちょっと待っててもらえますか」
口元を手で押さえ後ろを向きますが、くしゃみはでませんでした。
別に出そうじゃなかったので、当然ですけど。ふふふ。
「お待たせしました。では始めましょうか」
そう言って私は手を真っ直ぐ掲げます。
どこか呆れたような顔をしつつ彼女も同じくタクトを握った手を上げてくれました。
そして、
「第一火炎魔法ッ!」
私の手の上に小さな炎が灯ります。
今回は火炎魔法の持続力を競う勝負です。そうなれば当然魔力消費の低い第一魔法を誰しもが使うでしょう。
ですが。
「あ、なぜッ!? この、第一火炎魔法ッ! 第一火炎魔法ッ!」
冒険者さんはその第一魔法を使えないで焦っています。
何度も連呼してようやく弱々しく火花が散ったと思えば、そのまま消えていきます。
先ほどまでの自信たっぷりな顔は、どこかへ行ってしまいました。
そのお胸は、たっぷりなままバインバインしていますけど。
……ちっ。
「あららぁー? 今ので終わりなら私の勝ちですかねぇ?」
ねちっこい喋り方で覗き込むように冒険者さんの顔を見上げます。
ちょっといじわるかもしれませんが、ちょっとぐらい良いですよね。ささやかな仕返しです。
「待ちなさい! まだよ、今のは使った内に入らないわ!」
「えぇー、じゃあ早く使ってくださいよぅ。私もう使ってるんですからあ、このままじゃ勝敗どころかあ……勝負ににゃらにゃいじゃないですかぁ」
冒険者さんは顔を歪めて叫びました。
「第一火炎魔法ッ!」
それでも何も起こりません。ただ焦る冒険者さんの身体から汗が噴き出すだけです。
「そんな……こんなこと……。なんで!」
「ありゃりゃあ?」と煽りつつも、愕然として青い顔をした冒険者さんがさすがに可哀想になってきました。
そろそろ終わりにしてあげましょうか。
「ところで冒険者の魔法使いさん、お空に何かおかしなものがありませんか」
「そんなことどうでもいいのよ! 良い気にならないでちょうだい。なぜかはわからないけど、今はただ調子がわる――」
気づかない彼女にヒントをあげました。
そしてようやく冒険者さんは空を仰ぎ見て、それに気づいたようです。
「そ、そんな馬鹿な……なにあれ! 太陽が、もう一つ! な、なんで、なんで、あ、あぁ! 落ちてくるッ!?」
頭上に輝く二つ目の太陽。
というのはさすがに言い過ぎで、ただ距離が近いから太陽と同じ大きさに見えるだけです。
そのミニ太陽が怯えた冒険者さんの頭上で停止し、次いでくるんくるんと旋回を始めます。
呆然とそれを見上げていた冒険者さんは、やがて太陽から私の指へと視線を落としました。
くるんくるんと同じ動きをしている私の指へと。
「ま、まま、まさか……あなたが、あなたなんかがアレを……! そんな、二重に……魔法をッ!?」
「続けますか? 続けるなら小さい炎と小さい太陽の二つで私も続けますけど」
ぎょっとした顔の冒険者さんは何も応えず、しばらくしてからスッと真顔に戻り、また鼻を鳴らしました。
「そう、これは…………夢ね」
この人ずっと何を言っているんでしょう。
「アッハッハッ、夢に決まってるわ。馬鹿ね私、いつの間に眠ってしまったのかしら。辺境の町なんかに来たから、退屈で眠ってしまったのね。やれやれだわ」
「あの、勝手に夢の世界にされ――」
「話しかけないでッ!! 夢から覚めなくなったらどうしてくれるのよ!! こんな自称魔法使いが二重に、しかもあんなものを作り出せるわけがないでしょ!」
「いえあんなものなら老子はいくらでも――」
「いやあああああああッ! 聞こえない、聞こえない! そもそもこんなところに魔法使いなんかいるわけないでしょッ! 全部嘘よ!! そうだ早く戻らないと、みんなのところに。そして早く街へ戻るの。こんな田舎くさいところにいたら私はダメになるわッ! ひ、あぁぁぁぁッ!!」
悲鳴を上げて転げまわりながら、冒険者さんは行ってしまわれました。
まるで意味がわかりません。
意味がわかりませんが、ふんすと鼻で笑ってみます。
「勝ったぜっ」
なんともスッキリしない勝利でありました。
「はあ、なんだったんだろうね」
気を取り直して振り返った私は、冒険者さんと同じ台詞を口にすることになります。
「馬鹿ね私」と。
「ふ、二つの太陽ぉ……こ、この世の終わりじゃあぁぁぁッ!!」
当然のようにショック死しかけたソフィアさんが老婆のような声を漏らして、がくりと首を垂れて動かなくなってしまいました。
「はーい、第三治癒魔法……」
いったい何をしているんですかね、私。
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