魔法使いはズルとか気にしない
「リヴィさあぁぁぁんッ!!」
大音量に跳ね起きた拍子にハンモックガびゅんびゅんと。
落っこちないようになんとかしがみ付き、ソフィアさんに手を振りました。
「こちらにいらっしゃいましたか。わぁ、川の上に張ったんですね」
「うん、川の上で眠るのもなかなかおつだよ」
長いロープを貰ってきたのでそれを川の両岸に結び、ハンモックがちょうど川の上に来るようにしてみたのです。
川をゆったりと流れているような感覚でこれまた心地良い。
その内に舟を作ってほんとにゆったり川を満喫するのもよさそうですね。
「ごめんね、いつもいつも」
「いえ遅れてしまって申し訳ありません。あの、今日はご一緒してもよろしいでしょうか」
「もちろん」と応えて一緒にお昼です。
「昨日はリヴィさんにご迷惑をおかけしてしまい、本当にすみませんでした」
「大丈夫大丈夫、気にしないで」
と言ったはものの、はてどっちのことでしょう。
冒険者さんとの一件でしょうか。
その後でソフィアさんが、町に世界の終わりを告げて回ったことでしょうか。
どちらにしても終わった話だから良いですけどね。誤解解くのに苦労はしましたが。
「ほんとリヴィさんはすごい方なんですね。昨日の魔法勝負なんて圧勝だったじゃないですか。冒険者の人たち、あの後すぐに馬車で逃げていったそうですよ!」
「うーん、やり過ぎちゃった気がしないでもないけどね」
後々から気づきましたが、もしかするとあの冒険者さんは初心者魔法使いだったんじゃないでしょうか。後学のためとか言ってましたし。
そんな人に私は老子の戦術を使ってしまったわけです。
まあ私が老子にあれをやられたのは、もっと幼かった頃ですけどね。
「そんなことないですよ! ずいぶん高圧的な方でしたし、リヴィさんに失礼なこと言ってたんですから自業自得ですよ!」
「そうかなぁ」と曖昧に返す私に、ソフィアさんは瞳を輝かせていました。
「それであれはどういうことだったんですか? よければ教えていただけませんか!」
冒険者さんはお気づきになりませんでしたが、ソフィアさんは感づかれたようです。
あの人が魔法を使えなかったのが、誰の仕業だったか。
もち、その犯人は私ですね。
「以前師にされたことだったんだけどね。あの勝負ってシンプルに見えて実は厄介なものなんだ。例えば昨日の火炎魔法での持続力勝負。ただそれだけなら単純だけど、”火炎魔法を出して持続力を比べる"ってことしかルールがないの」
「それしかないなら、やはり単純なのでは?」
「逆だよ。勝負の方法一つしか決められていないんだからそれさえ守れば……それ以外何したっていいんだよ」
「……さすがに、無茶過ぎませんか。それはもしかして、ズルじゃないんでしょうか」
どこか怪訝な顔でソフィアさんは言うけれど、私はこれを老子に教わった時は目から鱗でした。
ルールが一つしかなく禁止事項がないのです。一つだけ守れば後は何でもありなのです。
つまり魔法勝負とは、水面下で魔法を駆使しいかに相手の裏をかけるかという勝負になるわけです。
それを知らなかったご様子の冒険者さんは、やはり初心者の方だったんでしょう。
「それで……結局あの時何をされたんですか」
「あの時くしゃみが出そうなふりしたでしょ。あの時に水魔法と火炎魔法をこっそり使ったの。火炎魔法はあのミニ太陽ね」
「あぁ、あの時に。ならあの冒険者の方が魔法を使えなかったのは……ん? どういうことですか?」
それは簡単な話です。
その人の実力にもよりますが、基本的には火炎魔法は水中で使えません。
火を消すなら水、火炎魔法を使わせないよう水魔法を駆使する。それが魔法勝負においての駆け引きです。
「水魔法で湿度をうんと高めたの。冒険者さんのタクトの先を狙ってね。あの人がだらだら汗かいてるの気づかなかった? あれ湿度が上がってたのが主な原因」
と説明しつつ、私は炎と水の球を魔法で出しそれを空中でぶつけます。
ぼしゅんっ、と小さな爆発が起こり水蒸気だけが残りました。
「ただ焦ってるだけだとばかり……。なるほど蒸し風呂のようなものですね。でもそれで使えなくなっちゃうものなんですか、なんか意外です」
散っていく水蒸気を見上げていたソフィアさんは目を丸くします。
「うん。濡れた枝に火がつきにくいのと同じだよ。でもあのぐらいなら出力を上げれば吹き飛ばせただろうけどね。ただ、ポイントは持続力勝負にしたことなんだ。長く維持しなきゃいけないのに出力を上げるだなんて、普通は考えないものなんだよ。ふふふ」
「そういうことでしたかあ。はあ、そんな高度な戦いだったんですね、お見それしました! いや、たまにする悪い顔もまた、まさに大魔法使いって感じでさすがですリヴィさん!!」
え、悪い顔なんてしたことありましたっけ?
いやだ、老子のが感染ったのかも。よく消毒しなきゃ。
「さあて、種明かしも聞かせて頂けましたし、その分午後もがんばらないといけませんね!!」
昼食を終えたソフィアさんが元気に言います。
その横でもそもそイノシシハムを食べている私は、この後また寝ます。はい。
「なにか、手伝えることある……?」
いちおう尋ねてみます。
社交辞令でもありますが、罪悪感もそれなりにあるからです。
でも罪悪感を抱いて眠る覚悟は、もうできております!
「いえいえ、ここはお任せください。あ、ただ……ちょっと予定より修理が遅れてしまいそうでして……」
「いいよいいよ。部屋を貸してもらってるから不便もないし」
「そういうわけにはいきません。なにせあの家はお約束した報酬だったんですから。とはいえ、そう言っていただけると、その、助かります」
そういえば、昨日も家の話をしている中で表情が曇った瞬間がありました。
ここはちゃんと聞かなきゃなと、老子とは全然違う似てもいないマジメで常識的な私は思うのです。
「どうしたの、何か問題? 役に立てることもあるかもしれないから、よければ言ってみて」
遠慮するソフィアさんからなんとか聞きだしたものの、
「実は大工長をしている者がですね、調子が悪くお恥ずかしい状態でして……」
という言葉に私はパンを咥えたまま小首を傾げます。
なにせ妙な言い方でしたから。
「病気か何かなら、私が診てみようか」
「そんなことまで出来るんですか!?」
「お医者さんじゃないけど、薬の知識ならある程度あるよ。あと、万が一だけど小規模な精霊のいたずらが関係していることもあるしね」
「リヴィさん、本当にすごい方なんですね……。いえ、ずっとそう思ってますけど、それ以上って意味で!」
「そうでもないよ。薬の知識は魔法使いなら誰でも多少持ってるものだし、ふつーふつー」
「あれだけの魔法を使える方が、普通なわけないじゃないですか! すごい方ですよ、もうすっごくすんごい方ですよ、リヴィさんは!」
「えへへ」
これだけ褒められては「お昼寝してからね」なんて言えるわけもなく、昼食を終えて大工長さんの家へと向かうことになりました。
「ところで、あれはいいんですか……?」
ソフィアさんの指差す方にはハンモック。
と、いつの間にやら来ていたモズリスちゃんの姿が。
モズリスちゃんはこそっとハンモックに乗ろうとしています。
今日いないなと思ったら、どうやらチャンスを伺っていたようです。
「きゅるッ!!」
意を決っしたようにハンモックに飛び乗るモズリスちゃん。
巨大モズリスの重さに耐えられるわけもないロープ。
結果は言うまでもありませんね。
ぼっちゃーんッ!!
「ところで、あれは何なんですか……?」
流されていくモズリスちゃんを眺めつつ、「さぁ」としか応えられませんでした。




