魔法使いは尻胸冒険者と出会う
「モズリスちゃぁぁぁぁんっ」
貰ったお家が廃墟になって三日が経過しました。
町が責任を持って修復するとの力強いお言葉を頂き、することのない私は今日も川原でモズリスちゃんと戯れます。
「空がきれいね」
「きゅるる」
川のせせらぎにゆっくりと流れる白い雲、そしてもふもふのベッド。モズリスちゃんの上に寝転んで、私は至福の時を過ごします。
「これ、こういうのを求めていたんだよぉ。ゆったりまったりな暮らし最高だぁ」
思えばまだ町に来て数日、なのになんだかもっと長くばたばたしていたような気がします。
しかしもう大丈夫。私は理想の暮らしを手に入れたのです。今はまだ仮住まいではありますが。
「そーだっ」
「きゅ?」
モズリスちゃんから下りてカバンから取り出したるはただの布。
分厚いしっかりとした布地で、唯一代わっているのは両端に金具がついていることです。
昨日私がせっせと自作しました。
「ふっふっふっ、この布の両端にある金具にロープを引っ掛けて、それぞれのロープを木に繋いで……出来上がり!」
「きゅぅ」
「まぁまぁ見てて。よっ……」
木の間に張った布の上に飛び乗り、
「っと、とと、とっ!? ふぐッ!?」
落っこちました。
「きゅるる……」
「失敗失敗、もうちょっとゆっくり乗らなきゃダメみたい。今度こそっと」
そろりと乗るとゆらゆら揺れる布の上に上手く座れました。そして落ちないようにそっと身体を横にします。
「じゃんっ!」
「きゅるっ?」
「そうです。これはベッドです! 何ちゃらってどこかの民族が使ってたハンモックというものだよ」
「きゅきゅ、きゅるぅ」
「え、待って。モズリスちゃんは乗れないから、落ちちゃうから。ごめんね」
「きゅぃ……」
まさか乗ろうとするとは思いませんでしたが、それだけ魅力的ということでしょう。
でも気持ちはわかります。私も文献を見て、森へ行ったら絶対やってみようと思いましたし。
「思った通りだなぁ」
枝葉越しの薄緑の光を浴び、ゆらゆらと風に揺られていると、まるで森の中を漂っているようです。
なんだかこのまま森の中に溶けていってしまいそうな感覚でした。
「このままちょっと寝ようかなぁ。モズリスちゃん何かあったら起こしてね」
これこそ思い描いた理想の暮らしです。
もう老子の影に怯えることも、ひたすら実験を繰り返す必要もありません。
追い出された形でしたけど、副所長には感謝しなきゃいけませんね。
と考えた瞬間、険しい顔をした副所長の姿が脳裏を掠めました。
屋敷には老子の残したものが多くあります。
ただ、いじわるなあの人は全て自分で作った暗号で記述しているので、きっと副所長は頭を抱えていることでしょう。
私にはもう関係ないお話ですけど。
「きゅぅぃっ」
「え、もう……?」
モズリスちゃんに促され身を起こすと、私たちを探しているらしいソフィアさんの姿を見つけました。
放っておくと森中の鳥が一斉に飛び立つような声量で呼ばれかねません。
「あ、あれ、え……これどうやって下りるんだろ」
結局落っこちました。
「ソフィアさんっ、ごめんね向こうでモズリスちゃんと一緒に遊んでて」
「いえ、こちらこそお待たせしてしまってすみません」
「ううん、手伝いしてないのにお弁当まで届けてもらっちゃって、謝るのはこっちだよ」
「そんなことはありません。この程度ではご恩を返した内にも入りませんし。家のほうも出来る限り急いで修復していますので……あの、申し訳ありませんけどもう少々お待ちくださいますか」
一瞬ソフィアさんの表情が曇ったのを私は見逃しませんでした。
尋ねてみようかと思いましたが、ソフィアさんは一層暗い顔でそのまま続けます。
「重ね重ね恐縮なんですが……あと、実はちょっと問題がありまして」
「どうしたの。手伝えることある?」
「お手伝いいただくというか何と言うか、ああぁぁッ!!」
不意の叫びにびくりとしつつ、ソフィアさんの視線を追って私はまたびくりと肩を跳ねさせます。
そこには明らかに町民ではない方の姿がありました。
胸の谷間も、おへそも、太ももも大胆にさらけ出している格好をした妙齢の女性が歩いてきているのです。
ソフィアさんではありませんが、私は目も口も閉じられず唖然としてそれを凝視しました。
胸におしりがついてる――!
そのひけらかすように露出した谷間は、私の薄いおしり以上の質感を持ち揺れています。
いえ、正直に申しますなら私のおしりと胸を足しても届かない高みにそれはありました。
ソフィアさんのお胸をちらりと見て、そして私は歯噛みします。
確実に今私は劣等生です。
今すぐ来てくれないかな、フェルミア。
「お聞きしてからと言ったじゃないですか! こちらにも順序というものがあります。失礼ですが勝手なことをなされないで下さい!」
「なあに、わざわざ依頼で来てあげたのにその言い草。これ以上時間を無駄にさせないでちょうだい」
なるほど。おおよそ見当がつきましたよ。
冒険者さん、というわけですね。
「あなたが……”魔法使い”、と?」
冒険者さんが鼻を鳴らして冷ややかな視線を浴びせてきます。
どうしても私には、
『あなたが(胸のない)魔法使い、と?』
そう言われているようにしか聞こえませんでした。
でもありますからね? ありはしますからね?
それに自称「熟れた桃のような胸」だったという老子は、老いて焼きりんごみたいな皺しわの胸になっていらっしゃいました。
あり過ぎたって後のことを考えると良くはないということです。
だから私はあえて胸を張って応えます。
「そうですよ。私が……(胸が焼きりんごみたいにならない)魔法使いです」
鼻で笑われました。
「どんな詐欺師かと思ったけれど、無知な子供というわけね。フフッ、随分と古臭いな格好をして」
そんなに否定されなきゃいけませんかね。
胸がおしりみたいじゃないと、もはや人権もないんでしょうか。
「いい加減にしていただけませんか――」
そこへ割って入ったのはソフィアさんです。
手を握り締めて冒険者さんをキッと睨みつけています。
どうやら胸のない……ではなくて、不甲斐ない私の代わりに怒ってくださっているようでした。
「リヴィさんは間違いなく魔法使い様でこの町を救ってくださいました。ギルドの手違いとはいえご足労をおかけしたことは謝罪しますが、リヴィさんへの無礼は見過ごせません! これ以上は町長の孫であるこの私、ソフィア・ハイテンションが許しません!!」
ソフィアさんカッコいい……けどごめんなさい。
名字が気になって仕方がないの。
頭の中に連綿と続くハイテンション家の方々(イメージ)が過ぎります。
冒険者さんの集まる酒場なんて目じゃない騒々しさです。
オーバーリアクションはどうやら先祖代々のものだったようです。
今度はそちらに、私は一人愕然と打ち震えることになりました。




