魔法使いは花にまみれる
フェルミアの説明をまとめるとこうでした。
町の傍へとやって来た彼女は、偶然この家のことを知りました。
ならばまずお詫びとして自分がこの家をぴかぴかに掃除しておこう、そう思ったそうです。
ただその結果は見ての通りです。
残念ながら精霊魔法が暴走して床下から大樹が生え、そしてフェルミアがなんとかそれを戻そうとしていたところに私たちがやって来たそうです。
なんで自分で掃除せずに精霊魔法を使ったの? という素朴な疑問は無視するにしても、もう一つ気になることがありました。
「なんとかって、できるものなの?」
「壊れた家を直すことはできません。けど、この木を元に戻すことなら……できるはずです」
初耳でした。
基本的に魔法は起こした事象を戻すことはできません。
例えば氷結魔法で氷を出したとしても、それは砕くか溶かすかしなければ消すことはできませんし、形を崩せても後には水が残ります。
つまり無かったことにはできないのです。
精霊魔法はそれが可能なようです。
そう考えると研究者としての血が少々騒いでしまいました。
「それは見てみたいな。良かったらやってみてくれない?」
フェルミアは不安げな顔をしたものの、私のお願いを聞いてくれました。
いくらかの知識はあるものの、私も精霊魔法を見るのは初めてです。
少し離れた場所で、ソフィアさんと一緒に彼女の背を見守ります。
「全てを育むもの、汝大地の精霊よ、盟約によりて我が声に応えたまえ、その力を貸したまえ、我が願いを……叶えたまえッ!」
何も起きないなと思っていると、一枚の葉がひらひらと舞い落ちフェルミアの頭の上に着地します。
それだけで、やはり何も起きません。
「失敗、でいいんでしょうか……」
「うーん……」
ソフィアさんと話していると、フェルミアのとんがった耳が真っ赤になっていきました。
「もういいよ」と声をかけようとしましたが、何やら彼女は諦めない様子。
その場に座ったかと思えば深々と頭を下げます。大樹に向かって。
「どうしろって言うの!? なんで聞いてくれないの! これ以上恥をかいて迷惑かけてどうすればいいの!! お願いします! 何でもしますからお願い!! 大地の精霊様、お願いだから私の言うことを聞いて!! 叶えてえッ!!」
もはやただの嘆願です。これは精霊魔法と呼べるのでしょうか。
しかし予想外に変化は起きました。
「リヴィさん、今……木がちょっと大きくなりませんでした?」
「うーん……」
「うわぁぁぁぁぁんっ!!」
とうとうフェルミアが駄々をこねる子供のようになってしまいました。
でも、今ので私は一つ気づきましたよ。
「フェルミア、もう一度最初のやつやってみてくれる?」
「どうせ、何度やったって……もうやだぁ」
なんとかフェルミアを立たせて背中をさすり、そして私はその背中に身を寄せます。
「リヴィさんッ!?」
なぜかソフィアさんが一番に声を上げました。
「いいからいいから。さ、もう一回やってみて」
「え、何の意味が……」
「いいから」
するりと細い腰に腕を回すと、フェルミアは肩を跳ねさせて緊張してしまいました。
「大丈夫だから力を抜いて」と私はとんがった耳に囁き、彼女に精霊魔法を使うよう促します。
なんか後ろでソフィアさんがはあはあ言ってましたが、それは無視しました。
「す……全てを育むもの、汝大地の精霊よ、盟約によりて我が声に応えたまえ、その力を貸したまえ、我が願いを……どうか叶えたまえッ!」
フェルミアの身体にぎゅっと力が入ります。
再度私は「大丈夫」と努めて優しく言葉をかけました。
そして、それにまっさきに気づいたのはやはりソフィアさんでした。
「あっ、あれ! 花がッ!!」
言葉通り大樹のあちこちに綺麗な花が咲き乱れ、次の瞬間大樹はたくさんの花びらとなって散りました。
部屋の中に残された花吹雪が舞い踊ります。
「……できたっ、思ったとおりに……できたッ!!」
舞い散る花びらの中で、初めてフェルミアの笑顔を見ました。
それは息を呑むほど美しく、けれどどこかあどけなさの残った、普通の女の子の無邪気な笑顔でした。
「良かっ……」
ふと頭上を見て私は静かに覚悟を決めます。
二人に声をかける暇はありません。
二階から覗いた大量の花びらが、次の瞬間雪崩のごとく私たちへ襲いかかりました。
綺麗な花びらでも集まると暴力になるんだなと、私は花の波に呑まれながらしみじみと思ったのでした。