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57/63

一員

 不安が胸に押し寄せてきている。しかし、俺は思いの他冷静でいた。


 家の中がこれだけ荒れているにもかかわらず、目立つほどの血の跡がない。何所かに攫われたのだろうか。いや、それも考えにくい。


 今は気を失っている上にロープで縛られている女。大人しいのも当たり前ではある。が、先ほどまでの気が狂ったような状態を鑑みるに、人質を取るなどという事も考えずらいだろう。


 であれば、たまたま留守であったか、何か虫の知らせで逃げる事が出来たかというところだろう。


「ガルナーレに行ってみるか」


 どちらにしても、向かう場所はガルナーレに違いない。急いで向かうしよう。


 女をそのままにするわけにもいかず、担いだまま走る羽目になった。華奢な体格とは言え、気を失った人間は存外重たい。


 街道を行く馬車も、ガルナーレから離れるものばかりで、乗せてもらうという事も出来ないようだ。


 女には悪いと思いながらも、少しだけ能力を使い、身体能力を強化する。以前に比べて調整が出来るようになったものだと独り言ちた。


 暫く走っていると、遠く、ガルナーレの影が見える。その姿が大きくなるとともに、少しずつ喧噪も大きくなる。


 戦っている姿。クラフト達か、自警団かはここからでははっきりとしないが、その挙動や叫び声から、戦っている相手が何であるかは一目瞭然であった。


 急がなくては、間に合わなくなってしまう。両足に力を込めて、より早くと頭の中で叫ぶ。風を切るように、担いだ女の事も忘れて加速する。


 街の影ははっきりと大きくなり、もう目と鼻の先だ。少し足を緩めると、先ほどまでの喧噪がやけに落ち着いていることに気が付いた。


「おお、ニーロ。遅かったじゃないか。いったい、どこをほっつき歩いていやがったんだ!」


 近づいてきたグスタフに胸を小突かれて咽る。


「……その女も、奴らの仲間ってことでいいんだよな」


 グスタフが指示した先には、あの能力者達と思える者が数名、地面に倒れている。まさか、自警団の彼らが倒したのだろうか。


「おい、信じられねえって顔するんじゃねぇよ。まあ、実際戦ってみて、あいつらは化け物みたいだったし、そう思うのも仕方がないがな」

「本当に、よく倒せたな」

「まあ、人数はこっちが随分と多いしな。何人か怪我人は出ちまったが、全員自分で歩けるくらいにのもんだ。それに、途中で助っ人が来たからな……訳の分からないごろつき共ってのが癪だが」


 確かに、サンダを始めとして、ちらほらと自警団ではない顔がある。二手に分かれて街を守りに山を下りてきたのだろう。


 彼らがいたのであれば、街は大丈夫だったはずだ。


「そうだ、グスタフ。ローレンとアイシャを知らないか? 実はこの女は二人の家を襲っていたんだ。俺が着いた時には二人ともいなかったから、ガルナーレに逃げてきていると思うんだが」

「ローレン? いや、今日は見てないな」


 グスタフは、近くにいた自警団員を捕まえると、ローレン達を見ていないかと問い始めた。手当たり次第といった感じで近くを通る団員と捕まえては尋ねる。しかし、皆が首を横に振るばかりで、見ていないという。


 そんな中、一人の団員がある情報をくれた。


「ああ、そういえばダンが、帰りに二人の家に寄るとか言っていましたよ。もしかしたら彼の馬車でタイニーヴァルトへ向かったのかもしれませんね」


 これだけ色々な者に聞いても、誰も見かけていないのだから、やはりガルナーレにはいないのだろう。何はともあれ、彼らの姿を一目見たい。少しでも安心したいという気持ちが、俺の心を焦らせていた。


「おい、今からタイニーヴァルトに向かう気か? 落ち着けよ」


 焦る俺の心を見透かすように、グスタフは俺の肩をつかんだ。


「向こうには警備兵もいる。ここより危険ってことは無いだろう。それに、まだ奴らの仲間が潜んでいるかもしれない。済まないが、貴重な戦力を浮かせる訳にはいかないもんでな」


 それは、俺を諭すようでもありながら、有無を言わさぬ強い口調だった。その時、森のほうから複数の咆哮が聞こえた。


 グスタフの言う通り、まだ敵は残っている。自警団員の一人として、この街を守ってからタイニーヴァルトに向かう事にしよう。


 二人はきっと無事だろう。これもまたグスタフの言う通り、向こうのほうが戦力でいえば充実している。街にさえ逃げ込めれば、危険は無いはずだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 街は不自然な程に静かだ。普段の賑わいは影を潜めている。

 雑貨屋の店内にも客の姿は無い。215(ニーゴ)とフィーアは、店の前で通りを眺めていた。


~~~~~~~~~~~~~~~


 何かが起きているのだと、それだけははっきりと分かった。そして、それが良くないことであろうという事も、やたら静かな町の空気が教えてくれていた。


 普段は賑やかな大通り。人通りはそれなりではあるが、それ以上に目立つのは警備隊の姿であった。路地の暗がりも含めて、かなりの数が配置されているように思える。


「なんだか変な感じだね、フィーア」

「ええ、とても嫌な予感がするわ。私、怖いわ」


 フィーアが僕の服の袖を軽くつまむ。僕はその小さな手を包むように握ると、不穏な影を落とす雲の流れを仰ぎ見た。

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