戦力差
そろそろ昼も近いだろうか。やはり、一向に客は来ない。あれだけ街が異様な雰囲気なのだから、それも当たり前の事だろうと思う
何か少しでも変わりがないかと、フィーアと二人で街へ出る事にした。
気をつけろよ、とハロルドの声が雑貨屋の中から追ってくる。フィーアが笑顔で手を振り返す。軽く近くを見てくるだけだからとフィーアが言うと、ハロルドは不満気に唸った。
フィーアの手を取り、辺りを見回しながら歩く。気のせいか警備隊の数が減っている気がする。
「ねえフィーア。警備の人の数が減った気がするね」
「朝は路地の角には全部いたのに。大丈夫だったのかしら」
今朝何かが起きて増員されていたところが、解決して元に戻ったというところだろうか。
「この様子なら、しばらくすれば元通りかな?」
「そうね。大通りまで出たら、お店に戻りましょう。ハロルドにまた文句を言われるわ」
そんな事を言いながら、街の大通り、門に面した道に出る。辺りを見回すと、先ほどの考えが間違っていた事がすぐに分かった。
門の周りがやけに騒がしい。先ほどの路地にいた警備隊員達も、全てここに集められているようだ。
明らかに異質な者が、門の外にに集まっている。門から少し離れたこの場所からでも、その姿が見える。否が応でも視線を向けてしまう。
そこには、気が狂ったように笑う女と、焦点の会わない目で叫ぶ男、体をねじりながら這う子供など、おおよそ普通とは言えない者たちが並んでいた。
今朝からの警戒の正体は、彼らを暴徒達だったようだ。
暴徒の周りを警備隊が囲んでいる。何をしでかすかわからない彼らに対して、警備隊も迂闊に動けないでいるようだった。
とは言え、警備隊は圧倒的に人数が上だ。囲まれているのは十人程だろうか。対してこちらは五十人から百人といったところだろう。
少し距離を置いて尚、すっかり囲めるだけの人数で対応している。これならば、すぐに決着がつくだろう。僕とフィーアは、そう楽観的に眺めていた。ちょっとした野次馬根性だ。
しかし、それは甘い考えだったようだ。
明らかに、まともでは無い者達。思考に制御されていない人間の力は、恐ろしいものだという事を、まざまざと見せつけられたのだった。
笑う女が、一歩前に出たように見えた。警備隊の指揮を執っていたものが、腰の剣に手を当てる。その剣を抜くと同時に、女の笑い声が一段高く跳ねあがる。
男は剣を握ったまま、その場にドサリと崩れ落ちた。一瞬、何が起きたかわからなかった。その後も、女の声が高音になるたびに、誰かひとりが倒れてしまった。
指揮を失った警備隊は、まとまりを失ってしまった。各々が一斉に、まるで狼狽える様に、暴徒達に攻撃を仕掛け始めた。
先ほどから叫び続けている男は、何所を見ているとも分からないように見えるが、一切の攻撃を避けていた。次第に、剣を振り回す警備隊達が先に疲れてしまっているようだ。
その混乱の中にあって、ただ気持ち悪い動きをしているだけに見えた子供。その子供ですら地面を這っているいるだけでなく、直角にそびえ立つ壁すらも爬虫類のように登って見せ、その気持ちの悪さに拍車をかけていた。
何か統一された目的があるわけではない、ただ各々に暴れたいだけであるそれは、目的が無いからこそ、守る者たちを混乱させた。
複数人で当たればどうにかなるであろう戦力差。十人程を相手に、五十を優に越える人数をこの場に集めている。それが、たった一手で崩れてしまった。
指揮を取っていたものが、女によって真っ先に意識を絶たれた。そこから、瓦解が始まった。
あるものは気を失い、あるものは大怪我をし、あるものは恐怖に震えていた。情けない姿でもあるが、個々の力の差は歴然である以上、統率が取れていない隊はただの的であり玩具でしかなかった。
門の前が大荒れになる中、街道からいくつかの馬車が近づいてきた。その馬車の一つから、女が飛び下りた。
走行中の馬車である。その危険極まりない行動に出た女は、後続の馬車に引かれてしまうだろう。一体何がしたかったのだろうか。
そう思ったとき、信じられないものが目に飛び込んできた。
先ほど馬車から飛び降りた女が、走っている。馬車と平行して、否、馬車よりも早く走っている。
そしてその勢いのまま、暴徒の中へと突っ込んでいった。それに続くように、馬車から何人も降りてきた。その軍勢も交わり、場は騒然となった。
敵か味方かわからない者の乱入に、警備隊はより一層混乱し始めた。三割近いものが、気をのまれ逃亡を始めてしまた。
その瞬間、暴徒達の目線が一つに集まった。逃亡により、警備隊の中にはっきりと穴が出来てしまったのだ。それは決して計算ではなく、弱ったところを襲う本能だろう。暴徒の一部が街の中に入ると、手当たり次第に破壊し始めた。
「フィーア! 逃げるぞ」
頷くフィーアの手をつかむと、逃げるために走り出した。
「あっ……」
あまりに急いで走り出したため、フィーアの足が絡まってしまい、その勢いのまま倒れ込んでしまった。余りの勢いに、手と手が離れる。
そこに暴徒の一人が襲い掛かってきた。何語かもわからない言葉を喚き散らしたそれは、僕が駆け寄るよりも早くフィーアに手が届きそうだった。
その暴徒が、不意に気を失ってへたりこむ。膝から崩れたそれの後ろに、見覚えのある顔があった。忘れもしない男の顔。それは。いつかフィーアを襲った男だった。




