3.地獄への落下と悪魔
少女は、選ぶことができなかった。
どちらの扉も、正しいとも間違いとも思えなかった。
ただ一つ分かるのは――どちらを選んでも、自分はもう“元には戻れない”ということだけだった。
閻魔は静かに少女を見ていた。
そして言った。
「決められないなら、それもまた一つの答えだ」
その瞬間、少女の足元が崩れた。
「え——」
声を出す前に、世界が落ちる。
光も、闇も、境目もなくなる。
ただ“落ちる”という感覚だけがあった。
少女は叫ぼうとしたが、声が出ない。
落下の中で、時間の感覚が壊れていく。
どれくらい落ちただろう。
ふと、少女は気づく。
音がある。
それは叫びだった。
無数の、途切れない叫び。
悲鳴。怒り。後悔。
混ざり合った“感情そのもの”の音。
やがて、少女の落下は止まった。
地面に叩きつけられることはなかった。
ただ、そこに“着いた”という感覚だけがあった。
少女はゆっくりと立ち上がる。
目の前には、世界が広がっていた。
空は割れているように見え、地面は乾いてひび割れている。
遠くまで続く荒れた大地。
それなのに、どこか“終わっていない世界”だった。
「ここは……」
少女は呟く。
そのとき、背後から声がした。
「おい、新人か?」
少女は振り向く。
そこにいたのは、天使とはまったく違う存在だった。
黒い影のようでいて、人の形に近い。
だが明らかに“人間ではない”。
「……誰?」
少女が聞くと、その存在は軽く笑った。
「俺か? まあ、地獄で働いてる“悪魔”みたいなもんだ」
少女は一歩下がる。
悪魔。
その言葉は、恐怖よりも先に“現実味のなさ”を連れてきた。
悪魔は少女をじっと見たあと、言った。
「で、お前は何をやった?」
少女は小さく答える。
「……人を、殺した」
悪魔は少しだけ目を細める。
「理由は?」
少女は言葉に詰まる。
「……殺されそうだったから」
悪魔はふっと笑った。
「なるほどな。よくあるやつだ」
少女は思わず聞く。
「ここはどこ?」
悪魔は空を見上げる。
「お前らの言い方なら“地獄”だな」
少女の心が少し沈む。
やっぱり、そうなのか。
悪魔は続ける。
「ここはな、罪を償う場所でもあり、ただ存在が“残る場所”でもある」
少女は眉をひそめる。
「償う?」
悪魔は肩をすくめた。
「まあ簡単に言うと、働くんだよ」
少女は理解できない。
「地獄で働くって……何の意味があるの?」
悪魔は少しだけ真面目な顔になる。
「意味はあるさ。上の世界のためだ」
「上の世界?」
悪魔は空のさらに上を指さす。
「天国とか、そういう連中のために、この世界は回ってる」
少女は固まる。
「地獄が……天国のため?」
悪魔は頷く。
「そういう仕組みだ。お前らの世界が作ったルールの結果だよ」
少女の中で、何かが少しずつ崩れていく。
「じゃあ……私はこれからどうなるの?」
悪魔は歩き出しながら言った。
「とりあえず働け。話はそれからだ。
少女はその背中を追うしかなかった。




