圭太へ 二〇〇五年八月一七日
女の子というのは大変だね。特に可愛くてきれいな子は。彼女たちは周囲にとって気分のいい存在になることを強いられているように見える。大人しくて逆らわなくて優しい、自分の主張を我慢して、いつも人の言う事を素直に聞くような子になることを。我を張ることを制止される圧力をいつもかけられているかのように見える。異性からは従属を求められ、同性はお互いに厳しく監視し、足を引っ張り合う。というのは、クラスにある女の子がいてね、優等生で瓜実顔の目立った美人で性格も素直なんだけれど、彼女が事あるごとに周囲から悪口を叩かれるんだ。授業の際、忘れてしまった古文の教材を隣に座った同級生の男に見せてもらえば、「そいつに気があるからわざと忘れてきた」と女子に嫌味を言われ、少しでも生意気な事を親しく思っていた男の友人に言うと「口の利き方に気を付けろ」と怒鳴られる。誰かが自分の足元に落とした消しゴムに気付かないでいると何故か薄情だと印象付けられる。白猫が好きだと言えば、あざといセックスアピールだと男女の組にせせら笑われる。ディスカッションでは、特に問題も感じられない彼女の意見は何故か男たちにいなされ、無視される。きっと今までもそんな目にあって来て、ここでは周囲もフェアに扱ってくれるかもしれないと期待したのに打ち砕かれたんだろうね。周りのみんなが彼女は飾り物になるべきだと暗に言う。見目のいい女の子はどうも多かれ少なかれ、そういう周囲の視線が集まりすぎることでの苦難にさらされるらしい。でも、そういう子はそこを乗り越えるとすごくきれいになるんだよね。しかし結局周囲に対して脅威にならない人間にしかなれないのは変わらないんだ。僕は見た目のさえない男子で良かったよ。顔のきれいな女の子に限らず、周りに対して脅威にならない人間は人格や振る舞い、気立ての良し悪しが、他の人よりかなり問題にされがちだ。他人の脅威になっていないのが先か、人格や振る舞いを問題にされるのが先かははっきりしないけれどね。そういう人達の自我は馬鹿にされて踏みつけにされている。就職して部下や上司、先輩後輩という決められた上下関係をつけられなくても、人は自然に力のない人間をさらに押さえつけていいように取り扱うという事をするのだね。だからこそそんな苦難を乗り越えて受け入れつつも対応する力を身に着けた女性はとても強くてたくましくて美しい、女神のような存在に感じられる。でも、そうやって割り切って乗り越えずに、そんな自分を押さえつけようとする周囲の反応があまりにも自然であるという現実とぶつかって自分の中の問題にし続ける、素直じゃない、気の強い、自分が納得できる新たな居場所を探し続ける女性も何だか可愛くて好きだな。映画にはそんな女性がよく出て来るよね。でも、そういう女性は現実には適応しないから、そんな女の人にはなかなか出会えないね。何だか変な手紙になっちゃたな。では。
仁以千絵より




