圭太へ 二〇〇五年三月二〇日
やあ、受験結果報告後の初めての手紙だね。君の返事があまり早くないのはいつものことだけれど、大学入学のための引っ越しの日まで暇を持て余しているので、君の返事を待たずまた手紙を書いたよ。奇妙で変わり者な僕を構ってくれる高校での数少ない友人たちとカラオケに行ったんだ。受験に落ちた人も浪人する人もいたけれど、みんな一段落してすっきりした顔で気晴らしに興じてた。外に出ると春一番のもわっと厚みのある風が駆け抜けて塵や埃を舞い上げてきた。狭いカラオケボックスの部屋に皆で入ると、参加したことないんだけれど大人の飲み会のような雰囲気になった。薄暗い照明の下でみんな自分の裏の面みたいなものを少し露わにしていることにちょっと苦手意識を感じた。正直なんだか怖くて、僕は照明をあげようと言ったんだけれど、みんなに暗い方がいいと言われて、照明を明るくすることが出来なかった。僕は「残酷な天使のテーゼ」っていうアニメの曲を歌ってみんなにオタクだって囃された。それでも気の置けない仲間だったから僕も許せた。みんな受験のために自分の勉強に集中したため、孤独になった期間を経て少し大人になっているように見えた。僕も多少は憑き物が落ちてましになっていると思う。まあ、そういうふうに見えていることを願うよ。でも、僕は我の強い子供に戻る必要があるなら、いつでも自分がそこに戻れることも同時に願っている。まだこんな事を言っている僕は大人じゃないね。引っ越し先のアパートの近くに河はない。僕はひとりで無為に土手から河を眺めて、目の前の現実から遠ざかったことばかりを考えるのをやめにするよ。今までは誰もいない河のそばに行き過ぎた。
友人の一人が、同級生の女の子と昨日セックスした、なんて事を言っていて、僕は彼に「安堵感が過ぎて幸せな方向に妄想したんだろ」って言ったよ。僕は空想は好きだけれど、現実と区別がつかなくなったことはないから、それくらいの軽口をたたく権利はあるよね。だってそいつの顔はまるで、でかい、ごつごつした突起物の多い岩石みたいで、岩石の中にアナーキーな実に巧みな屁理屈ばかりをこねる出来のいい脳みそが入った、扱いづらくて、僕の次くらいの変人野郎だったから、女の子が近寄ってくるわけがないんだ。しかもそいつは、相手はクラスで一番の才色兼備の美人だって言ってた。冗談でなきゃ、完璧に妄想としか考えられない。でも僕よりずっと偏差値の高い大学に入ったそいつともお別れだ。銀色のミラーボールにチラチラ照らされたみんなの顔が忘れられない思い出になった。ミラーボールから投射された幾つもの丸い光がカラオケボックスの中の壁を駆け回っていた風景が頭の中でスローのように何度も回る。でも君との文通はずっと続く。そのことがとても嬉しい。
仁以千絵より




