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圭太君へ                           二〇〇三年四月七日

素晴らしいお話をありがとう。僕も文系を選択した。大学は文学部を考えている。でも、僕の成績じゃ大した学校には入れないだろうね。学者になるなんて夢のまた夢だよ。僕みたいな半端者にはね。

 僕は何とかまだ自分の正気を世の中につなぎとめているよ。

 学校での僕の振る舞いは自分でもかなり奇妙だと思う。僕は何かを試しているんだ。何を試しているのか、うまくは言えないけれど、僕は僕に許される行動や権利や振る舞い、態度、力の範囲を広げる事を試しているんだ。その為に自分の身にもついていない、ただ頭でのみ理解している傲慢さを無理に実践している。横柄な態度を取ったり、無理して落ち着きのある大人に見せたり、ずうずうしく人を動かそうとしたり。でもやればやるほど、反感を買い、不自然さから馬鹿にされ、僕は卑屈になっていく。でも今の僕は自分の素直な性質に逆らい、苦しむことが―苦しいからこそ―正しい行為だと妙に信じているんだ。そうやって人と軋轢を生む中で僕が憤るのは、人から受けた屈辱と、人からの干渉や指図だ。様々な人が見せる多種多様な干渉の仕方や要求のやり方、命令をする言い方が卑怯に見える時もあり、そうしたことも含めた世間の様子への僕の適応が画一的なままで許されなくなり、相手によって態度をころころと変化させながらやっていかなくてはいけないことに対して並々ならぬ強さで腹を立てている。何故なら、そのことから、僕は人生や人間や個人や世の中や生き抜き方に不確実性と不安を覚えるからだ。この考え方がそもそも傲慢なのはなんとなく分かるんだけれど。

 僕は何かを行おうとする際、他人への説明が必要になってくる、別に手続きとして必要じゃなくても、尋ねられた時の解を用意しておかないと恥をかいてしまうだろうという事態がうっとうしいんだ。聞く必要もないのに、何故、どうして、何のためにと問いただす人間が迷惑で、不愉快だ。でも、僕はそういう人たちに勝てない。尋ねられて問い詰められることを恐れて、やりたいのにやってこなかったことが沢山ある。下らなくて笑っちゃうだろ?でも、僕には笑えない真剣な悩みなんだ。その何故?を問う最大の人間は親だ。そんな僕だから、実際に親に問われなくても、問うてきそうな親の姿勢。それだけで僕は色んな事を断念してきていて、それだけで、親を一方ならず恨んでいるんだ。僕は自分が中学生の時までは、人をここまで恨まなかったし、恨む必要もないような内容のことでしかやりたいことを諦めてきていなかったからと理解し、納得していた。でも今はその頃の恨みが僕を後ろから追い上げて襲ってきているんだ。

 それらの色々な事のため、僕の学習能力や理解力は格段に下がっている。思考はいい加減で曖昧ではっきりしないものになっている。あらゆる認識がくるくる回って思考の泥の渦の中で混ざり合い、再び完璧に分化した形で意識することができなくなっている。サルに逆戻りしたみたいだよ。

 君とは逆で毎日が日々実感を損なわれたものになっていく。風に追われるように身体は学校と塾を行き来して、目は黒板の方を向いているけれど、心はどこも向いていない。僕の内部の、問題だらけの精神世界をぐるぐる回り続けている。別にそれは高尚な哲学じゃない。プライドの高い子供が自分の世界に籠っているだけだ。でも、僕には異常な事じゃない。物心ついた時からある自分の性質が花開いただけだ。わざとらしくつんとした、陰気で卑屈で惨めな花が開花しただけだ。また、キヨタの所に行ってきた。奴はもう「ハクチ」みたいなものになっていた。僕の姿を確認する前から、うつむき加減で、ぶつぶつ何事か、おそらくは恨み節をつぶやいていた。瞳は始終動き回り、どこを見ているのか分からない状態だった。奴の頭の中も自分が頭の中に入れている事柄のどれを取り出しているのか取り出そうとしているのか分かっていなかっただろう。聞き取れたのはこういう内容だ。

「俺は親のエゴに傷つけられた。親は俺を自分の分身だと思っている。分身だけど傷つけても自分は痛くないから、俺を傷つけるんだ。」

「親の因果が子に報いる。親は自分がした事とされた事の贖罪を同時に便利に我が子にさせているのだ。そうやって親だけが気分良くなるのだ。」

大体はこんなような内容だ。他は聞き取れなくて支離滅裂だった。親への怨恨が彼をこの廃墟の屋根の下へ連れて来たのかも知らない。人としての尊厳も最低限度の文化的な生活も、一日を過ごす仕事も友人も家族もいない場所へ。僕は自分の感情をひたすら無理に抑えている習慣があるから、そのエネルギーを使って、あらゆる方向性をもった感情の入口に立った経験がある気がする。入口の扉を撫でる程度だったけれどね。そんな僕にはわかるのだが、うわ言、幻覚、幻聴、支離滅裂な言動も、思考と感覚の素直で自然な変化の結果ということがままある気がする。だから、キヨタのその様子は僕にとって他人ごとではない。僕自身の真に迫った反面教師だ。でも、僕はもしかしたらキヨタと同じ場所に向かっていて、キヨタと同じようにそうなることを止められなくなるかもしれない。僕は奇妙に傲慢な気持ちから、冷たい態度でキヨタを見つめて、黙ってその場を去った。雨が降ってきて、ぽつりぽつりと僕の顔に冷たい滴を落とし始めてきていた。舗道は少しずつ濡れてきて、僕が家路を歩いているうちにあちこちに水たまりを作ってところどころ雨滴の波紋が広がっていた。折り畳み傘を出そうと、背中に背負っている教科書、ノートの類が入ったリュックサックを片方の肩だけ外し胸の前に回してチャックを開け、リュックの底の方に沈んで教科書類の下敷きになっている傘を何とか取り出して傘を開いた。キヨタはもう何の懸念も心にないだろう。常に恨み節や怒りや悲しみの原因になったことを考えて言葉にして文句の形にして反芻する作業に追われているなら、時間が空いて所在ないあまりに来る寂しさやつまらなさに囚われることもないだろう。キヨタのいる場所は他人が思う程の地獄じゃない気がする。かといって、僕もそこに進んで行きたいとは思わないけれど。キヨタの色を失った瞳が脳裏にこびりついて離れない。その目は幾らか濁った邪悪な様相も呈していた。でも、瞳の奥からは清浄なイノセントな光も差していた。その目は何だか僕の目と似ている気がした。それは僕がこれから行き着く先なのではないかと思っていて、そして僕はそのことについて、なるようにしかならないだろうというくらいの意識しかもうないんだ。僕は自分と自分の人生を全く守っていかなかったらどこに行きつくのかという実験もしているんだ。どうして自分を必死になって守らないと生きていけない状況が人生には信じられないほどの数でまかれているのだろう。そういう時、僕はそれを敢えてとらないが、助かる手段が必ず用意されているのはどうしてだろう。その手段を拒み続ければ、僕は神だか仏だかに見放されて、本当に自分が潰される以外に選択肢がない時が来るのだろうか?でも、神や仏を信じるにはこの世も人間も無秩序だ。

 君の前途がきっと明るいことを信じている。僕と違ってね。でも、僕は後悔はしていない。恨みと疑問が僕を捕えている主なものだ。

                                  仁以千絵より


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