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圭太君へ                          一九九八年四月一一日

君の気持ちに心から感謝します。でも、僕は荷を軽くするより、このままの生き方で行き着くところまで行き着きたいんだ。僕の望みは、僕の我や虚栄心、薄っぺらなのにやたら高いところにあるプライドを満たすことなんだ。その気持ちを破壊するほどの出来事は今のところ僕には起こっていない。つまり生き方を変える必要性には決して迫られていない。だから、全く僕の気持ち次第だし、傲慢で謙虚になれない僕もまた、人生の途上にある僕そのものなんだ。僕は基本的に人にわがままを言えないたちだ。だから、意地を通すことがせめてもの僕が世の中に示す「わがまま」の形なんだ。神様がいるとして、もしそういうものがいるのだとしたら、その手はいつだってどちらを指しているのかはっきりとはわからない。だからこそ、人は人生の選択の時、己自身を問われるのかもしれない。でも、僕は神なんてものは信じていないし、それは苦しい境地にいる人間が自分の苦境に言い訳をつけて楽になるために考え出したものだとしか思えないんだ。時々信じたくなるけれど、そんな気持ちは理性で追い払うことにしている。この選択はこれはこれで、「真理」を尊んでいるつもりだよ。

 なんだか、ここの所、手紙の内容が重くなるね。少し、面白い話をするよ。一週間前、学校の帰りに寄り道をしてね。ちょっと気まぐれにいつもの帰り道から一本入った路地を散歩しようと思ったんだ。僕は案外冒険するのが好きなんだ。そこを行くと、右手にほったらかしにされたつぶれた歯科医院の廃墟があった。廃墟を囲むへいは崩れていて触るとぽろぽろかけらになって落ちてきた。おそらく夜には電光になって周囲に自分の存在を示していたはずの看板は、割れて、縁を触ると怪我しそうな大きな穴が空いていた。そこの玄関ポーチにぼろぼろの見るからに不潔で薄茶けてのびきったTシャツを着て、破れたコートを羽織った小柄な老人のホームレスがいたんだ。もともとは仕立ての良いものに見えるズボンはチェック柄なのはわかったけれど、本来どういう色合いのものかはもうわからなくなっていて、あごひげは胸の辺りまでのびていたし、頭の毛はちりちりになってぼさぼさだった。顔も、のびきったTシャツからはだけた胸も、垢にまみれて、まだらの焦げ茶色になってた。Tシャツには「BORN THIS WAY」って書いてあった。肉は削げて、皮膚がだらしなく下に向かって垂れ下がっていて、なんとも情けない姿だった。鼻梁はすらりと通っていて細く、目は切れ長だったし、体毛の下にある顔の輪郭は面長できれいな卵形だったから、もう少し小ぎれいにしていれば男前の部類に入るのかもしれない。でも、背が低すぎるね。もともとは真っ白な色だったはずなのに汚らしく灰色に変色した壁にもたれかかって、夢見るような瞳で虚空を見つめてた。それから突然僕と目が合った。僕は相当びびったよ。何せ、相手は失うものなんて何もないように見える人間だし、動物のように本能しか残っていなくてもおかしくはなさそうな様子だったしね。ぼんやりした瞳に攻撃性や敵意が宿ったらどうしようかと思って、すぐに目をそらした。それからもと来た道を引き返そうとしたら、ホームレスは、

「ボーイズビーアンビシャス!」

って僕の背中に向かって叫んだんだ。僕は驚いて走りながら振り向いた。そしたら、

「また来いよー。俺はハクチじゃないからなー。」

って大きな声ではっきり僕に呼びかけたんだ。

「じゃあ、なんで、こんなところに、そんなかっこでいるんですか?」

僕は少し離れたところから聞いた。

「俺はこの世がのっかってる島の崖下をのぞきたいんだ。」

って答えが叫び声になって返ってきた。

 声に凶暴性や獣性、威圧感を感じさせるものはなく、極めて知的な温厚さを感じさせるものだった。だから僕は、その後何回か、このホームレスの所に一人で遊びに行ってる。話題が豊富な面白い人だよ。確かに怪しい風体の人間であることはわかっているけれど、承知の上で関わっているし、極めて安全な人物だから大丈夫だよ。

 どうだい?少しは面白い話だったかな?たまには君の近況も聞かせてよ。

 中学校入学おめでとう。また受験したの?それとも持ち上がりかな?

                                  仁以千絵より


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