圭太君へ 一九九七年二月二五日
いい悪いではなく、事実や心証をそのものとして言ってくれてありがとう。
河のそばでほとんど毎日、以前話した女性に会っています。そういえばその女性について書くのをすっかり忘れていたね。名前を聞いたら、その女性は自分は「ハルカ」という名前だということを教えてくれました。苗字は知りません。下の名前しか教えてくれませんでした。それ以上ずけずけ聞くのも失礼な気がしたのであえて問いませんでした。昨日も彼女と土手の上に横に並んで言葉を交わしました。彼女とは「真理」とか「哲学」みたいな(そんな大層なものじゃないのだけれど)、まあそんなような話をします。昨日僕は彼女にこんなことを言いました。
「人間は毎日毎日絶えることなく食物を口にし、胃腸の管に通し、排泄するという行為をあきずに繰り返しているのに、やがて老い、劣化し、死んでいく。食べ物や水を身体の管に補給し、摂取と消費を繰り返しているのにもかかわらず死んでいく。でもそれはなんでかって考えると、それはきっと身体は摂取した栄養とともに、自分自身も消耗しているからなんですよね。自分自身を食物の栄養で補いつつ、摩耗して衰えていくから。力の源となる食物の栄養源を管に通し続ければ動き続けられるわけではないのは、こういうことが理由だからですよね。」
ハルカさんは、
「機械も電気を通し続けたって、やがて傷んで故障して動かなくなるわ。」
僕は言った。
「何もかも自身を消耗して死んでいく。真理はいつも儚さばかりを指すものですね。」
ハルカさんは
「あなたは自分を消耗するのが嫌いだものね。」
僕が黙って、彼女の顔を見ていると、
「あなたが他人に何も抵抗を示さないのは、他人からの干渉や圧力に対抗するには、相手に対して適応しなくちゃいけないのが腹立たしいからよ。相手に適応するという自己犠牲を払う事を拒み、その結果相手に何も言い返さず言いなりになってる。自分への非難や中傷に何も言い返さないのは、あなたが謙虚だからじゃないわ。世界に対して傲慢だからよ。言い返してもやり返しても、自分が受けたことに匹敵するかそれ以上のものを相手に返せないかもしれないのが嫌だからよ。それじゃ自分を犠牲にして、相手に適応をはかっただけのことがないと思っているから。けちな人間ね。そうやって蓄積した欲求不満は人を恨み始めているでしょう?自分を害した当人じゃなくてもいいから、当てつける相手は誰でもいいから自分の報復感情の吐け口にしたいと思っているでしょう?」
僕はそんなことぐらい自分でわかっていた。でも誰彼かまわずやり返すなんていうことは実際にはしていない。それくらいの我慢は僕はできる。心の中では他人を恨んではいるよ。恨んでいるとも。恨んで何が悪い。心の中は自由だ。問題にされるのは実際の行動だけで十分なはずだ。誰も人の心に干渉する権利なんてない。
僕とハルカさんはお互いに顔をそむけた。やがて僕は「また今度」と言って立ち上がって家に向かって歩き出した。三歩歩いたところで振り返ると、ハルカさんはまだそこに座っていた。彼女のくるぶしでダークグレーのスカートが風にひらひらなびいて、そこからのぞく寒さにさらされた白くて細い足首は、いつもよりなお一層さえざえとしてきりきりとがって美しかった。コートのフードについたファーに埋まったその顔は、寂しげに人を求めているような表情にも見えるし、もしくは人を突き放すような酷薄そうな眼差しにも見えた。
君だって人を恨んだことぐらいあるだろう?
仁以千絵より




