【05】ジャンクショップの娘
クローリカがスナックで選んでおいた定番のチョコレート味のプロテインバーを渡すと、アリトは一瞬だけ微妙そうに眉をひそめた。
「あ、ごめん。もしかして、チョコレート駄目だった?」
「いや、違う……すまない。どうも甘いものを食事と思えないだけで……それでもエネルギーバーならポテトチップスよりはまだ満足感があるし、気にしないでくれ」
五番街の庶民層では、地球のイギリスと同じようなミールディールが普及している。内容もまた似たようなもので、メインとして選べるのは各種サンドイッチや軽めのパスタである。そしてスナックは、各種エネルギーバーのほかポテトチップスやナゲットなど。
アリトが苦手だというポテトチップスも、手軽にエネルギー補給ができて楽だとクローリカは思っている。とはいえ、言われて頭から日本の常識を掘り出してみれば、アリトの言う通りでもある。
なお、新鮮なフルーツはこの地下都市において高級品であるため、クローリカはドライフルーツのエネルギーバーを好んでいる。
アリトが食事をしている間、通販の集荷が来たので対応し、臨時休業にするため表のシャッターをおろす。
「……本当に申し訳ない。ゴーグルが戻ったら昼食代を支払う」
「そう? これくらい気にしなくていいのに」
「いや、本来であれば、店の休業補償なども必要なくらいだろう」
「そんな大げさな……」
店の戸締まりをしつつ、ミネラルウォーターを少しずつ飲むアリトと会話をしてみれば、クローリカは彼の生真面目さを思い知ることになった。もちろん、無頓着よりはよっぽど好感が持てるのだが。
ちなみに、サブ端末が無くとも音声入力のみでメイン端末の操作はできる。それで金銭の取り扱いも可能といえば可能なのだが――確認が口頭だけとなると色々疎かになり易いため、あまり推奨されていない。
そうして話をしながら店を出て、アリトが倒れていた階段室を覗く。ゴーグルはそこに落ちていなかったし、オレンジタビーの猫も居なくなっていた。
もしかしたら既に持ち去られた後かもしれないと思いつつも、何もなくなった階段室を後にし、アリトの記憶と勘を頼りに近場をウロウロとすること数十分。
最終的に、アパートの敷地内に植えられた低木の中から、アリトの壊れたゴーグルを見つけだした。
なお、クローリカは店を出る前にあっさりと銃をアリトに返している。
その際のアリトは、呆れ果てたような表情を隠しもしなかったが、軽く感謝の言葉を述べただけで他には何も言わなかった。
「――……ぅわ、凄い。回路が派手に焼き切れてる」
見つけたゴーグルを修理するために店へ持ち帰り、損傷の確認をする。作業机にクローリカが座り、アリトが後ろから覗き込む体勢だ。
ベルトは千切れ、ディスプレイ部にもヒビが入り、内部も散々たるものだった。しかし、肝心な部分が無事だったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
「フレームと保護レンズみたいな硬い部分、メモリやメインプロセッサなんかの重要な部分が物理的には無事なようだから……これなら多分、わたしだけですぐに何とかなるよ。ちょっと待ってて」
「……重ね重ね手間をかける。あとでかかった費用を教えてくれ」
「オッケー。でも自信はあるけど、ちゃんと直せたらでいい?」
気合を入れ、ゴーグルの修理に手を付けたクローリカの後ろで、アリトは返却された銃の手入れをするために腰を下ろした。
お互いの作業に没頭する時間が少し過ぎ、アリトが自身のキリ良いタイミングでクローリカの手元を覗きに訪れ、ぽろりと感想をこぼす。
「……ウサキさんは器用なんだな」
「ありがとう、先生がよかったの。わたしはおじいちゃんに、丁寧に教えてもらえたから。……ねえ、多分なんだけど、この焼き切れた回路ってセーフティがきちんと働いた結果ぽい。ものすごい高負荷を掛けられたら、わざとここを切って肝心な部分を生存させる感じ。経路がほんの少し遠回りになるから、処理にコンマレイ秒以下の遅延が出るけど、端末を電子的に直接攻撃された時の被害を可能な限り抑えるようになってる。これって、判断を端末の処理能力に頼り切らない異世界人向けチューンだったりする? これ組んだ人はいい仕事してるよ」
「……そうか、それを聞いたら喜ぶだろうな」
「知り合いなの?」
「ああ。ハンターの先輩で……随分と世話になった」
クローリカが初めて耳にした、アリトの朗らかな声。
そのハンターの先輩は、彼にとって尊敬すべき素晴らしい人なのだと、じんわりと伝わってくる。
「へぇー、可能なら話を聞いてみたいかも」
「それは、その、もう……いないんだ」
「いない? 遠い別の街に引っ越しでも……」
「いや……………………死んだよ」
不意に訪れた一瞬の静寂が、クローリカの心臓を圧迫する。
先ほどとはうって変わり、なんとか絞り出されたアリトの声は、迷子になった小さな子どものようにか細いものだった。
その声と表情によって、アリトとその先輩、双方の人となりをほぼ知らぬクローリカでもよくわかった。アリトは亡くなったというその先輩を、本当に頼りにしていたのだろう。
だから、彼に言わせるよりも前に、直前の口ぶりによってクローリカは察しなければならなかった。
「…………ごめんなさい。わたし、考えなしに――」
「気にするな、もう整理はついてるんだ。ああ、そういえば……もともとは俺の話が聞きたいということだったな。それは日本のことや、元の世界への帰還手段についてか?」
それ以上触れられたくないとばかりに、アリトが話題を変える。
クローリカとしても、あれから何かを発展させたい話でもない。もともと望んでいた方向性でもあるため、話題の変更に逆らう必要もなかった。
「あ、うん……そう。わたし、本当に何も知らないから」
「そういうことなら、俺が説明をするよりも、劉さんに会ってもらったほうがいいかもしれない」
「リュウさん?」
「俺が世話になっている、もうひとり。俺たちよりもずっと長くラビットホールに住んでいる……中国人だ」
ラビットホールではごく稀に、異世界人が転がり落ちてくる……というのは、よく知られた話である。そして、よく知られているということは、いくつもの事例があるということだ。
だから、クローリカがいままで自分ひとりだと思っていた地球人は、アリトの他にいたとしても何ら不思議ではなかった。
「それに、劉さんのところなら、うどんも食えるぞ」
――――――――――うどん?
クローリカの思考は、完全に止まった。




