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【06】故郷の犬

「……すごいな、まったく違和感がない」


 うどんショックから這い出たクローリカは、手際よくゴーグルの最終調整を終えた。

 今は、アリトが修理の終わったゴーグルを装着し、軽く頭をふったりして具合の確認をしている。

 

「それならよかった。中身はどう?」

「確認する。…………コジロウ、周辺共有モードにしてくれ」

「了解っすよ、ご主人!」

 

 クローリカが共有を受諾し、軽い調子の返事と共にふたりの視界にニュッと現れたのは、赤い柴犬のような容姿をしたデフォルメマスコットのアシスタントAIだった。

 見覚えのあるそれに、クローリカはたまらず吹き出す。それから笑いの止まらないクローリカに、アリトは眉間にシワを寄せて怪訝そうな表情を見せた。


「ふっ………………ふふっ、ふふふ……!」

「な、なに……どうした?」

「ごっ、ごめん……なんか嬉しくて。……その柴犬モジュール、わたしが作ったやつだから」


 目を見開き、ぽかんという効果音が似合うほどに情けなく口を開け、アリトが驚く。

 クローリカは、彼がアシスタントAIの運用をどうしているかなど一切知らなかった。だからまったく狙ったわけではないといえ、なんだか「してやったり」と良い気分である。


 柴犬のモジュールは、クローリカが日本を想いながら個人的に作り上げたものだった。

 ひとりで楽しむために作ったが、その完成品を見てもらった老爺に、もし嫌でないのなら販売してみると良いと背中を押してもらったのだ。それを、同時に作り上げた“アシスタントがちょっと軽い言葉遣いになるモジュール”と併せて販売してみれば運良くプチヒット。恩ある老夫婦を旅行に送り出すための資金に化けた。


 なお、当の制作者本人(クローリカ)は、作り上げたことに満足したのでもう使用していない。

 今は、執事服の白ウサギという新しい外見モジュールに手を付け、試運転中である。


「ああ、だから柴犬だったのか……。しかし、ウサキさんはそういうこともできるんだな。正直、今まではどんなアシスタントの姿もピンとこなかったから、助かってる」

「いえいえ、ご愛顧ありがとうございます! んで、コジロウっていうのは、もしかして……」

「お察しの通り、実家の飼い犬の名前。ちょっと抜けてて食いしん坊で、可愛いヤツでさ」

「……そっかぁ」


 柔らかな声色と共に、アリトが飼い犬を語る。

 亡くなった先輩に対してもそうだったが、彼は懐に入れた相手への情が深いのだろう。


「……そういえば、IDを教えてくれないか。支払いを……いや、店のパーツを使わせてしまったから、いっそ正式に請求書を出してもらったほうがいいか?」

「そのへんは別にどうとでもなるけど……確かに修理に使ったパーツに関しては、そっちのほうが助かる。お昼代と別にして請求書を作るね。イナバ、請求書作成のサポートよろしく」

「はいマスター、かしこまりました」


 少しだけしんみりとした空気を流すため、アリトが何事もなかったかのように口を開いた。

 

 ラビットホールで経過した年数を考えれば、たとえいますぐ帰れたとしても、アリトが愛犬に再会できる可能性は低い。

 彼はこうして故郷を忘れないようにしつつも決して考えすぎないようにして、今までを生き延びてきたのかもしれない。


 きっと、そうでないと前を向き続けられなかったのだろう。

 

 日本のことをほとんど何も覚えていないクローリカにとって、彼が抱くような強い望郷の念は気の毒であり、羨ましくもある。

 だからクローリカのつくったモジュールが、少しでもアリトの心を慰められたのなら、それはとても誇らしいことだと思った。

 

「――それじゃあクローリカ、今日は本当に助かったよ。またな」

「またねー」

 

 ゴーグルの調整は、何事もなく終わった。

 連絡IDの交換をし、修理の技術料を含めた支払いも済み、もう貸し借りはないだろう。


 アリトはまだ自分の借りが大きいと渋っていたが、「劉さん」の紹介というカードは、なかなかに価値が大きいとクローリカは思う。

 もちろん、会ってみないことには正確な判断を下せないものだが。

 

 そう、クローリカのスケジュールアプリには、次の定休日に四層までうどんを食べに出掛ける――そして可能なら、「劉さん」と話をする――という予定が組み込まれることになった。

 

 こうして再会の約束を交わし、アリトは病院にかかるべく、ジャンクショップのある細道から数多のネオンが主張する大通りへと向かっていった。

 

 なお、一般的な病院の営業時間はすでに過ぎているのだが、ハンターライセンスのオプション保険に対応している病院は、多少割高なぶん時間の融通が効くのだという。基本的に危険が多い職業なので、然もありなんである。クローリカはおおいに納得した。


 ついでに、別れ際で名前の呼び方を訂正し合ったことを思い出し、クローリカは友人が増えたことを素直に喜ぶ。

 出会いこそお互いにピリピリしたものだったが、アリトとはきちんと会話が出来た。これなら数少ない同胞として仲良くやっていけるだろう。

 

 しばらく昏倒していた気配など微塵も見せず、しっかりとした足取りで去るアリトの後ろ姿を、クローリカは静かに見送る。

 そしてそのまま、今日の騒動はこれで一区切りがついたと、ゴーグルの修理作業で凝り固まった身体をぐっと伸ばした。


「……日本人のアリトが薦めるうどんなら、絶対に正解のお店だよね。次の休みはうどん! 楽しみだなー」


 ラビットホールに、ラーメン屋は無数に存在する。しかし、うどん屋を見掛けたことはない。

 

 クローリカは、この街で見たことのない「うどん」に思いを馳せた。

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