【04】日本人
「……手間とリスクを天秤にかけてまで俺を助けたということは、ただの親切ってわけでもないだろう。何が目的なんだ?」
クローリカの虚勢が功を奏したのか、アリトは話を続けることにしたらしい。
武力に訴えられた場合、武器がなくともクローリカがハンターであるアリトに勝てる術はあまりないので助かった。
「話が聞きたいだけだよ、日本人のエンドウさん」
「俺はアリトとしか名乗っていないが……姓を知っているのは、意識不明者緊急保護法のアレか? それに、そのニホンジンとはいったい何のこ……」
「隠さなくても大丈夫。わたしも日本人だから」
「はぁッ!? その色素の薄さで日本人って……いや、すまん、これは差別だな。…………ハーフか?」
そう、クローリカは、砂色の髪に榛色の瞳をしている。
記憶の中にある日本人の特徴は、黒からこげ茶色の髪と瞳だったので、クローリカもずっと不思議に思っていた。しかし、いままでクローリカの周辺に日本人を知る者など不在だったため、髪と瞳の色に対する日本人的感覚を確かめることはできなかった。
「あー……、申し訳ないけどわかんないの。わたしって、ラビットホールに来たのがだいぶ小さい頃だったらしい上に、いろいろな記憶が飛んでてさ」
「小さい頃って…………確かに今も若いもんな。ウサキさんが覚えているぶんでは、ここに来てからどれくらいなんだ? 俺はー……もう十年になるんだが」
「そうね、覚えているなかではっきりしているのは、この店の夫婦に拾われたのが八年前ってことくらい」
八年前、クローリカはこの五番街四層の市街地で倒れていたところを老夫婦に保護された。彼らを通じて直ぐに連合セキュリティの行方不明者照会が行われたものの、クローリカの身元は判明せず。後に、保護中のクローリカ本人の言動によって異世界人であると認定された。
幸いにも、ラビットホールにおいて異世界人というのは、珍しい存在ではあるものの実在を確認されていたのだ。
その後、聴取の終わったクローリカを、老夫婦が引き取りたいと申し出る。行く宛はなく、ラビットホールの右も左もわからないクローリカは、そのまま養護施設に入る予定だった。
申し訳無さから老夫婦の申し出を渋るクローリカに、老夫婦は語った。彼らは何十年も昔に、幼かった娘を失ってしまったのだという。クローリカをその娘の代わりにしたいわけではない。けれど、どこか娘に似た面影を持つクローリカを放っておくことはできなかったらしい。
そして、自らの事情を説明したあと、老爺はクローリカにこう告げた。
『――つまり、我々は君を利用して、未練に決着を付けたいってことだ。だから君も、我々を利用してほしい。少なくとも、これから施設に入るよりも良くしてやれる』
思い返せば、老爺は敢えて露悪的に振る舞い、クローリカの罪悪感を薄くしようと思っていたのだろう。
そうした問答の末、申し出を受けたクローリカに老夫婦は、ラビットホールの常識を教え、教育を与え、愛情を以て優しく触れた。
「……随分と良い方々に恵まれたんだな」
「うん。今ではもう、おじいちゃんとおばあちゃんのことは、本当の家族だと思ってる」
「そうか。それは何よりだ」
「そんで、記憶が飛んでるって話なんだけど……おじいちゃんたちに保護される前からわたしはラビットホールに居たのかもしれないの」
「…………どういうことだ?」
何故そう判断されたかといえば、クローリカの頭には保護当時既に、ラビットホールのシステムに対応する高度なインプラントチップが埋め込まれていたからである。クローリカの聴取があっさりと終わったことも、ここに起因するらしい。
「――保護官の人曰く、わたしはまず、ラビットホールの別の場所に現れたんだけど……そこで何かがあって逃げたか、捨てられたかしたんじゃないかって。だから正確な年数とかは不明でさ」
「いや、それよりも捨てられたって……そもそも、そのチップは安全なものなのか?」
「もちろん、連合セキュリティでしっかりと検査をしてもらったよ。そこでメジャーブランドの一般向け正規品だと判断されてるし、解析したら言語補助機能があるから外すのは得策では無いって言われたから、そのまま」
「ああ……確かに言語の習得は苦労した。本・当・に・苦労した」
十年前を思い出し、アリトが強い実感を込める。
対応する辞書すら無いところから新しい言語を習得するのは、骨が折れるどころの話ではないだろう。
なお、ラビットホールに日本語という概念はないが、インプラントチップであれば思考から推測して適切な言葉を導き出してくれるらしい。クローリカは、そうやって言葉を覚えていったと思われる。
「エンドウさんは、言語目的でインプラントチップを入れなかったの?」
「当時は金がなかったし、今も埋め込み手術自体が普通に怖い」
「あれっ、じゃあ、エンドウさんはゴーグル派?」
チョーカー型のメイン端末への詳細な入出力には、複数の手段がある。
頭のインプラントチップと連動させて、思考で直接操作する方法がひとつ。ゴーグル型のサブ端末を用い、脳波や視線感知などを利用して擬似的にインプラントチップと似た運用をするのがひとつ。日本のスマートフォンによく似た物理ディスプレイ型のサブ端末を用いる方法がひとつ。以上の三通りが主流だ。
サブ端末には他にも種類があるが、身軽さが重要なハンターであるアリトがインプラントチップを使わないのであれば、余程のこだわりがなければゴーグルを使うだろう。
しかし、彼がゴーグルを所持している様子には見えず――。
「そうなんだが……近くで俺のゴーグルが落ちてなかったか?」
「階段室では見てない。そうやって訊くってことは、ペア反応も無いってこと?」
「残念ながら」
「ええー……じゃぁ、先にご飯食べてね。それから心当たりを探してみようよ。わたしなら、壊れててもある程度なら直せるし」
「いや、そこまで世話になるわけには……」
クローリカは冷蔵庫から、自分のものと一緒に頼んだアリト用のミールディールを取り出す。
冷やしておいたのは、標準的なチキンサンドイッチとレモンフレーバーのミネラルウォーターである。
「話を聞きたいって言ったでしょ? 恩を売っておこうと思って」
「……素直に感謝させてくれ」
アリトに信用してもらうため嘘はいけないと思っていたが、正直すぎたかもしれない。クローリカは、ほんの少しだけ反省した。




