第4話:勇者マスラオの、第一の試練
「! 勇者、あそこを見てみろ」
「!」
クオンの魔法で宙に浮き、帝国城に向かう道中の事。クオンの指差す方を見ると、街の外に薄緑色の肌をした、小柄な人間のような体格の存在の集団が目に映った。
「あれはゴブリンだな。この辺じゃよく見かける魔物だ」
「魔物……」
「魔王が生み出した生物だ。魔王は人や動物を魔の存在に変える力を持っている。動物の場合は全て魔物になるが、人は魔人になったり魔物になったり、まちまちだ」
「てことは、あのゴブリンって奴は、元々人だったってことか……?」
人が異形に変えられる。その事実を目の当たりにして、マスラオの腹の中から怒りと、悲哀と、それ以上の恐怖心が湧き上がってきた。
「あのゴブリン自体は生まれた時からゴブリンだ。あれの祖先を辿っていくと人間がいるはずだがな。そいつが魔物に変えられ、繁殖したことで帝国にも住み着くようになったんだ」
「そう、なのか」
「それより見ろ。あのゴブリン達は荷馬車を襲おうとしているな」
確かにクオンの言う通り、ゴブリン達は荷馬車の通り道に立ち塞がっていて、今にも襲おうとしているように見える。その事実が、マスラオの中の正義心を燃やした。
「助けないと!」
「よく見ろ、大丈夫だ。荷馬車の護衛の騎士が出てきただろう」
「本当だ」
魔物の接近に気づいた、鎧を着た人物が一人、荷馬車の前に出てきた。その騎士はゴブリン達を剣で斬り伏せ、返り血のついた剣を振り、血を払った。
「……! もう一体います!」
「!」
キオラの叫びで目を凝らすと、別の魔物が荷馬車の斜め後ろの岩陰に潜んでいて、近づいているのが見えた。
「チッ、どこの所属だあのバカは!」
「まずい……! お〜〜いッ!! 後ろ、後ろだ!!」
マスラオが精一杯叫ぶも、距離がありすぎて声が届いた様子はない。
飛行している魔法はクオンが発動していて、移動の主導権は彼にある。クオンはすぐさまその魔法で荷馬車の方に接近を図り、三人まとめて高速で移動し始めた。
「チッ、間に合わん……!」
「やばい、後ろを見ろォッ!!」
「あ……」
焦るクオンとマスラオ。そして、全てを悟って目を背けたキオラ。マスラオが呆然と目を開いているその奥で、赤い血が飛沫のように高く散った。
クオンのおかげで、騎士に近づくことができた。近づいた事で、聞こえてしまった。悲痛で、悲惨な断末魔が。
「ギャアアアアアアッ……」
「ひいいいっ」
耳を劈くようなその声は、あまり長く続かなかった。しかし別の場所から悲鳴が上がる。例の荷馬車の方からだ。御者が青い顔で魔物の方に目を向けながら、商売道具の荷物を置いて逃げるか抵抗するか、混乱して選べずたじろいでいる。
「二人とも、一瞬だけ落ちるぞ。ーー《高圧放水魔法》ッ!!」
「うおおっ!?」
「……っ」
大抵の魔法使いは、一部の常時発動型の魔法を除いて、別々の魔法を同時に使う事はできない。クオンは攻撃魔法を使用するために一瞬だけ移動用の風魔法を解除した。それによりマスラオ達は勢いよく落下する。
同時に、クオンの杖の先からとてつもない勢いの水の束が放たれ……オーガの心臓を貫いた。
「《浮遊風布魔法》」
落下する三人を、再びクオンの風魔法が包み込む。そのまま、荷馬車の方まで飛んで行った。
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
「礼はいい。怪我は無いか」
「私は大丈夫です。それよりも、護衛の騎士殿が……っ」
「……仕方ないで済ませられないが、仕方ない。あんたを守るのがコイツの任務だったのだからな」
荷馬車の御者とクオンの会話を呆然と聞いていたマスラオが倒れている騎士の方を見ると、聖女キオラが騎士の手を取って、神妙な顔で祈りを捧げていた。
目の前で命が散った様を見たマスラオを襲ったのは凄まじい無力感と、体が心臓に向かって収縮していくような激しい罪悪感。
「また、助けられなかった……」
「……また? またって何だ、勇者」
「え? あ……。俺、何か言ってたか?」
「…………。いや、何でもない。それよりこの荷馬車も僕たちと同じで、帝国城の方に向かっているらしい。そこの騎士の代わりに護衛しながら向かうが、構わんな?」
「あ、ああ。俺は問題ない」
そうして、クオンは騎士が乗っていた馬を引き、マスラオとキオラは荷馬車に乗ってただ揺られた。俯きながら揺られていると、吐き気がこみ上げてきた。それが乗り慣れない馬車に揺られたからなのか、凄惨なものを見たからなのか、マスラオにはわからなかった。
「……ああいうの、結構あるのか?」
「悲しい事に、珍しくはありませんね」
「そっか……」
「魔物の動きはここ最近で活発になっています。魔王復活による影響だと見られているみたいですよ」
「なら、俺が魔王を倒さなきゃ、ああいう被害は増え続けていくのか」
「そうですね」
「……」
キオラの話を聞いて、マスラオはこの世界に来る直前の事を思い出した。
『お前はこの先の世界で、生きて、戦って、誰よりも人の命を救わなければいけない。そうじゃないと、決して償えない……』
白い世界で、男は、自分は、肉ヶ崎益荒雄は言った。マスラオの魂に刻まれた。にも関わらず、目の前で死にゆく命を救えなかった。
マスラオはふと、右の掌を見た。セイヌ・カーマを殴り飛ばした感覚は、まだ記憶に新しい。
神官達はマスラオに対して落胆し、蔑んだ。しかしマスラオは自分には何か特別な力が備わっていることは身を持って経験している。
そして、その力をどのように使えばいいか。それももう分かっている。
(魔王討伐……。やってやる。俺は勇者として、この世界に平和をもたらすんだ)
勇者マスラオの第一の試練は苦い記憶で終わりを迎える。だが、いや、だからこそ。マスラオが勇者として戦う覚悟は、とても強く固まったのであった。




