第5話:勇者一行、結成
「そういえば、大聖堂? と帝国城って結構離れてるんだな」
再び帝国城に向けて移動する最中、マスラオがそんな声を上げた。ちなみにマスラオは、馬車の乗り心地が悪くて盛大に吐いてしまったので、今はジョギングで馬車に追従している。
帝国城とギリス教会の総本山である大聖堂は、20km程度離れている。マスラオにとってはまあまあの速度で走って移動できなくもない距離だ。
「ん? ああ、皇族とギリス教会は陰湿な権力争いをしているからな。皇帝からすればあまりそばに置いておきたくないのだろう」
国を統治するにあたり、国民からの支持が重要になるのは言うまでもない。そして国民から支持を得るためには、「自分達の生活を守ってくれる」と言う安心感が必要だ。
皇族はその点、帝国騎士団による国防であったり、錬金術師を起用して生活を豊かにする道具や薬品類を作らせる政策をとっている。
それに対しギリス教会は、奇跡を操る“神子”と呼ばれる存在を帝国各地に派遣して、病や怪我を治させている。奇跡は神の力と形容される事もあり、特に治療に関しては錬金術の薬より高性能である。神子に救われた人は感謝して教会に入信する事も多い。
皇族や貴族からしたら、自分たち以外の集団が国民に大きな支持を得ている状況は脅威である。ギリス教会の側も機会があれば国の実権を握ろうとしているため、緊張関係があるのだ。
「へー……。というかそもそも、何で大聖堂にいたんだっけ。最初から帝国城で俺を召喚すれば良かったんじゃないか?」
「勇者召喚は聖女のみが行える奇跡で、あの大聖堂の場でしか行えないらしい。それ故にこんな煩わしい移動が発生してるのだ。迷惑な事だよな」
「なるほどな。……でも、聖女はギリス教会の代表みたいなもの、か」
「そうですね」
「キオラは帝国城に行っても平気なのか?」
マスラオの気遣うような目線を受けて、キオラは何と返答しようか迷った。ほんの少しクオンの方を見て考える。
クオンは帝国騎士団の団員で、騎士団は皇族側の人間ということになる。彼の前でギリス教会側のキオラは立場上言っていい内容とそうでないものがある。
「僕は口が硬い。好きに言ったらどうだ」
「……まあ、クオン様は孤独故に話し相手もいないでしょうしね」
「黙れ」
「はいはい。……マスラオ様、お気になさらず。私はあまり教会側に肩入れする気がないですし、皇帝陛下とは交流もあるので大丈夫ですよ」
「ふ〜ん?」
「念の為、今の話は内密にお願いしますね。聖女の立場で言っていい発言ではないので」
「よく分からんけど、分かった」
キオラの秘密の話は、マスラオの厚い胸板の中にしまわれた。
「そもそも勇者の魔王討伐の任には、代々聖女が同行することになっているんだ。皇族にもギリス教会にも利があるからな」
「そういえば、勇者って過去にもいたんだな」
「ああ、貴様で八代目となる。これまでの勇者とその一行は魔王を討伐し封じ込めているんだが、魔王は数百年周期で復活するんだ」
「みんな魔王討伐してるんだ……なんか、お前の先祖全員リア充って言われたみたいな気分だな」
「何だそれは……。それより帝都が見えてきたぞ」
◇◇◇
ママナラヌ帝国。その中心となる帝国城に辿り着いた。
少々古びてはいるものの、華やかでダイナミックな建物の内装にマスラオは興奮した。彼の脳内にはそれっぽいBGMが流れていることだろう。
それはそれとて、マスラオは皇帝に謁見する前に着替える運びとなった。上裸のままで皇帝に会うのは相応しくないと判断されたのだ。あまりにも妥当である。
城勤めの侍女らが用意したのは、仄暗く輝く黒銀の軽鎧。そこに帝国の象徴的な色である青基調の布があてがわれ、救世の勇者を意味する獅子の徽章が刻まれている。
そして着替えが終わった後は、とある部屋に案内された。これから旅に出る、クオンとキオラ以外の二人の仲間との顔合わせのためである。
扉の先にいたのは二人の人影。真っ先に目に入ったのは、キオラとはまた別種の、幻想的とも言える美しさを持った女性だ。薄い金色の髪は後頭部で結ばれており、大きく先端がツンと尖った耳が現れている。誰がどう見てもエルフである。
エルフはこの帝国内でも異質な存在であり、騎士団に所属はしていないものの戦闘力の高い民族だ。
「君が勇者か、でっかいね〜! こりゃ頼りになりそうだ」
妖艶で神秘的な雰囲気とは裏腹に、このエルフはとても朗らかな笑顔を見せた。社交性の高さが伺える。
その美しい顔に目を奪われていたマスラオは、少し経って彼女が腰に帯びている細い剣に気付いた。その剣の柄にはたった一つ、翠色の宝石が施されている。
「私はルフィリオ・アネー。妖精魔法と剣を使えるんだ。よろしく」
「あ、ああ。俺はマスラオ。よろしく」
ルフィリオのフレンドリーな言葉遣いにあてられて、マスラオも最初から親しみを込めた話し方になっている。
「いきなりこの世界に来て不安もいっぱいあるだろうし、困ったら頼ってね」
「……ああ、助かる」
マスラオは終始、ルフィリオの目を直視できなかった。だって、浮世離れした美女と目を合わすなんて恥ずかしいから。大男でも恥ずかしがる事だってあるんだから。キオラがその様子を気に入らなそうに見ていたのを、マスラオは知らない。
そしてもう一人、スチームパンク系の服を身に着け、印象的なオレンジ色の髪と、大きく赤い瞳を携えた美少年が手を挙げた。
小さな体で大きな焦げ茶色のカバンを背負い、右目には銀縁のモノクルを付けている。身に纏う品々が上質なもので揃えられているようだ。
「ボクはアラン・ガメツィー。錬金術師です」
「よろしく、アラン」
「ああ、握手は不要ですよ。ボクは心なんて見えないものより、こっちの方を信用してるもので」
アランは右手の人差し指と親指をくっつけた。要するに金こそが信用の証という事であろう。
「気に障りましたか?」
「いや、価値観は人それぞれだ」
「なら良かった。今のアナタは無一文だろうけど、旅立つ前に皇帝からたんまり貰うんでしょう? 客はいつでも歓迎です。旅に役立つ品を作りますよ」
アランは終始、年齢を感じさせない言葉遣いと表情でマスラオと話していた。そしてアランはキオラの方に寄って耳打ちをする。
(貴女が聖女キオラさんですよね。ボクはあまり皇族と教会の争いに興味はないので、仲良くしましょう)
(私も同じなので、助かります。よろしくお願いします、アラン様)
二人とも立場があり、公に言えないことがある。勇者一行の聖女と錬金術師は教会と皇族の争いに巻き込まれがちなので、ギクシャクすることもあったとか。
しかし二人ともそれを煩わしく思っており、その点で利害が一致した。キオラもアランも、内心ほっとしている。
と、各々個性的な面々であり、各々がこういう切っ掛け以外では関わらなかったかもしれない。しかし勇者と共に魔王を倒すという共通の目的の下、勇者一行がここに結成されたのだ。
「恐れ入ります、皆様方。任命式が控えておりますので、玉座の間までご移動をお願いします」
「あ、はい」
談笑の時間もそこそこに、一人のダンディな男性が部屋に入ってきた。いかにも執事らしいその男を見たマスラオは「絶対にセバスチャンって名前だ」と思った。しかし彼の名はピクルスである。
そして執事ピクルスについていき、帝国を統べる皇帝の待つ部屋まで移動した。
大きく荘厳な装飾の施された扉を開けて中に入ると、真正面には少し高い場所に二つの豪華な椅子。そこに座るのは高貴な服装に包まれた気品のある男女。皇帝と皇后だ。
そして部屋の左右両側には騎士や貴族が複数人控えている。
彼らはマスラオ達の一挙手一投足を舐るように見ており、値踏みされている感覚と公の場特有の張り詰めた空気で、マスラオは息が詰まりそうになった。
ピクルスについていき、勇者一行の五人は玉座の前まで歩む。マスラオを前列に、後の四人は後列に控えて片膝をついて首を垂れた。
「陛下、こちらの御方が勇者マスラオ様でございます」
「うむ。ご苦労であった、セバスチャン」
「光栄にございます。それと私の名前はピクルスです」
「知らん。それより面を上げ、傾聴せよ。勇者マスラオ」
「は……」
チラリと見た皇帝の顔は、顔の面積の六割くらいが髭などの体毛で隠れていて、凛々しいのか、イカチぃのかエグいのかどんな顔をしているのか分からなかった。
「既に聞き及んでいると思うが、北のオキテヤブリ王国に魔王が顕現している。貴殿にはその魔王を討ち破り、この国に平穏を取り戻してほしい」
「……」
勇者が魔王を倒さなければ、先程の荷馬車と騎士のような事がこの先帝国中で起き続けるだろう。その時マスラオ達が助けられるとは限らない。絶望の中、多くの命が奪われる事だろう。
(そんな風にはさせない。俺は生きて、戦って、多くの人を救うんだ)
マスラオの心の内側から猛るような熱が込み上げる。
勇者として魔王を倒す。無くした記憶を取り戻す。この二つがマスラオの当面の目標となった。
「お任せください、皇帝陛下。必ずやその命、成し遂げて見せます」
「「「……!!」」」
声も、言葉も、堂々たる立ち居姿もが、彼が勇者である事を証明していた。皇帝ですら崇めそうになる程、勇者マスラオは強い輝きを放っている。
皇帝は自身の立場もメンツもあるので堪えていたが、その場にいた他の者達は、自然と胸の前で手を組む、この国の敬礼にあたる所作をとっていた。




