第3話:分からないことは聞きましょう
「よし、じゃあ行くか」
「ええ!?」
まるで何事もなかったかのように、しれっとその場を去ろうとするクオンに、マスラオは驚きを隠せなかった。
「何だ勇者。まだここに何かあるのか」
「い、いやいやいや。今さっき俺、人を殴り飛ばしてしまいましてですね」
「ああ知ってる。見てたからな」
「それでそのぉ……殺っちゃった、かも知れないんだけど」
「大丈夫だろ。どうやら聖女が守ったらしいからな」
「え?」
クオンが聖女キオラの方に視線を向け、マスラオもそっちの方を向く。すると、聖女キオラは胸につけたロザリオを握りながら目を閉じていた。
「今のが聖女の奇跡か」
「ええ、一応。何もしないと本当にあの十字兵が死ぬかと思ったので」
「何? 何? 何の話なのぉ……?」
気まずそうに顔を背けて答えてくれなそうなキオラを見かねて、クオンが解説してくれた。
「聖女達は奇跡という名の特殊な魔法を使えるんだ。攻撃、治癒、防御などに使われるが、今のは防御だな。貴様の拳とあの木偶の坊の間に、透明な魔力の盾を張っていた。あれがなかったら、奴の体は後方に飛ぶ事なく、貴様の拳に腹を貫かれて死んでいただろう」
「ヒェっ……」
想像したら、突き出した右の拳がドロドロの血にまみれたような錯覚を覚えてしまって、マスラオのあれが縮み上がった。
「あ、ありがとう。えっと、聖女様?」
「キオラです。敬称も敬語も私にはもったいないので要りません」
「ありがとうキオラ。おかげで人殺しにならずに済んだよ」
「わ、私は私のすべき事をしただけです。人殺しの勇者様なんてシャレになりませんから」
「それは本当にそう」
人を殺めてしまうなんて冗談じゃないと思っていたマスラオは、キオラに深く感謝した。
「奴は無事だったんだし、もう良いだろ。それより行くぞ」
「行くってどこへ?」
「帝国城だ。魔王の話はもう聞いているだろう。貴様は勇者として、皇帝直々に魔王討伐の任を受けるんだ」
「魔王討伐……。ちなみに、俺に拒否権とかは」
「無い」
「ひどいや」
勝手に勇者として連れてこられて、勝手に戦うことを義務付けられたのに拒否できない。あまりにもしれっと権利がない事を告げられて、マスラオは無情さを痛感した。
「あまり真剣に拒否はしていないんだな」
「ん……まあ、な」
白い世界で自分自身に託された。「生きて、戦って、人を助ける」と。なぜ自分がそうしなければいけないかは覚えていないが、そうしなければいけないと、マスラオの魂がそう言っている。
「まあ、拒否はしなくとも受容するのも難しいだろう。帝国城までの道中で、今の世界の現状を見て覚悟を固めるといい」
「分かった」
「聖女も、準備はいいな?」
「……はい」
覇気なく答えるキオラはクオンに言われるままついてきていて、まるで自分の意思がないようだった。
マスラオはキオラの事を気にかけながらも、二人について行って大聖堂の大扉をくぐる。眩しい昼下がりの日差しに目を細め、明順応ができた後に目を開けると、そこには絶景な庭園が広がっていた。
その庭園の園路は、一見素朴だが上質な白いレンガで区画わけされ、赤や黄色の控えめな花々が統一感のある配置で植えられている。花以外にも、芝も手入れが行き届いていて「自然」と「人工」が調和した清涼感のある庭が、そこにはあった。
「おおお……! すげえ綺麗」
「ふん、ギリス教会の連中は陰湿だが、だからこそこういう見栄を張る技術は一人前なのだな」
一々嫌味ったらしいことを言うクオンに、マスラオは若干呆れてしまう。
「よく分かんないけど、あんたは教会? の人間じゃないんだよな」
「クオンでいいぞ。そして、貴様の見立ては正しい。僕は帝国騎士団の一員だ」
「教会と騎士団は仲悪いのか?」
「その辺の話は移動しながらにするぞ。皇帝が首を長くして勇者を待っているからな……《浮遊風布魔法》」
「うおっ!?」
クオンが持っている杖を構えて呪文を唱えると、マスラオ達三人それぞれの体が魔力の風に包まれてゆっくりと浮き上がった。ほんの一瞬、落下の恐怖を覚えたマスラオであったが、風の魔法の安定感がその恐怖を緩和した。
下を見ると、先ほどまでいた大聖堂や中庭が目に映る。中にいるとわからなかったが、大聖堂はかなり大きく、威厳を放っていた。
その他の街並みも、現代の日本では到底見られない景色である。中世〜近代の欧州を思わせる美しい街並みに、そしてそれを空に浮かびながら見ている状況にマスラオは心を躍らせた。
「おおお……! すっげぇ〜……!」
「クク、まるで子供だな、勇者よ」
「いや、なんか色々、色々凄い!」
「お気に召したのなら何よりだ」
子供のようにはしゃぐ巨漢を見て、クオンは小さく笑った。彼は高名な魔法使いとして殺伐とした戦地を渡り歩いてきた男である。自分の魔法で人を喜ばせるなど久しいのだろう。
「キオラは落ち着いてるな」
「え? ええまあ、私は見慣れていますので。マスラオ様のいた世界にはこのような街並みはなかったのですか?」
景色とは別に空を飛んでいる事にも興奮しているマスラオだが、いちいち訂正するのもアレかなと思い、話をキオラに合わせた。
「ん〜、俺がいた所とは別の国で似た景色はあっただろうけど、多分行ったことないんだよな」
「……多分?」
「ああ、なんかここに来るまでのこと、記憶から抜け落ちてるんだよな」
その言葉を聞き、キオラは大きく目を見開く。そしてすぐに、バツの悪そうな顔で俯いた。
「そ、れは……申し訳ありません」
「ん? なんでキオラが謝ってるんだ?」
「……いえ、忘れてください」
「……? ああ」
キオラの様子や言葉に引っかかりを覚えるマスラオであったが、追及はしなかった。
「勇者よ、色々聞きたいことはあるだろうが、まずはこれだけ覚えてくれ。今から僕たちはこの国の皇帝に謁見する。そこで僕達は、正式に魔王討伐の任を受ける事になる」
「それはさっきも言ってたな。でも僕達ってのは?」
「帝国が誇る精鋭が、勇者の仲間として旅に同行することになっている。僕と聖女、それに加えてあと二人がそれに選ばれているんだ」
「俺を入れて、五人で旅をするって事か」
「そうだな。ただ当たり前だが、楽しい旅とはいかないぞ。帝国民の命を守るために、敵の命を奪う戦いの旅になる。魔王が生きているうちはこの国に平穏など訪れないのだから」
クオンの言葉にマスラオは、空の旅で緩みかけていた気を引き締めた。彼の言う通り、マスラオはこれから厳しい戦いに身を投じるのだから。
そして、第一の試練はすぐそこに迫るーー。




