第2話:筋肉勇者、爆誕②
「――《鑑定魔法》」
「「「……」」」
キオラの瞳の色が変わったと同時に、おじさん神官達が生唾をのむ音がした。汚い。
「……まず、魔法適正は二種、です」
キオラの発した言葉に、神官達からどよめきが走る。
「た、たったの二種……?」
「凡人以下じゃないか」
「い、いや、まだそう言い切るのは早いですぞ。重要なのは魔法よりも恩寵です」
「そ、そうですね。して聖女様、恩寵の方は……?」
「恩寵の、方は……」
情報を読み解こうと必死になって、キオラの眼が充血している。マスラオは血走った眼の美女にガン見された経験が無いので、アワアワ言いながらたじろいで小さくなってしまっていた。
「勇者様が授かった恩寵は、【身体強化――】……」
「……は?」
「身体強化って……」
「誰でも使える基礎魔法の一つの、あの……?」
「魔法は二種しか使えず、恩寵もただの基礎魔法の延長……」
「これが今代の勇者……?」
キオラが全て言い切る前に神官たちがザワつく。勿論いい意味ではない。明らかに落胆している様子で、中には真っ白に燃え尽きているおじさんもいる。そんな彼らに釘をさすように、聖女キオラが声を上げる。
「私の“鑑定眼”でまだ読み取れてない情報があります。勇者様の力を疑うのはまだ早――」
「いや、とはいえ、ねぇ……」
「どうせ誰でもできる事の延長線上の力なんでしょう?」
「まあある意味、聖女様とお似合いなのかも」
「こら、聞こえてしまいますよ。フフ」
「……」
神官達の言葉は、事情を知らないマスラオからしても心地よいものでない事は理解できた。キオラは浮かない顔で俯き、右手で左ひじをさすっている。
「まあ勇者も聖女も代わりはいないのだし、出来る所までやってもらうしかないのでは?」
「はぁ~頭が痛いですね。次の勇者が来るまで何年かかるやら」
「それまで魔王勢力の侵攻を防がねばならないというのに、ねぇ」
神官達は早々に次の話をしている。先ほどまで付けていた“様”も抜けて、敬意が無くなったのは鈍いマスラオでも理解できた。
「フン、まるで貴様らが現場に出て国防を担うかのような物言いだな」
「「「!」」」
そんな陰湿な空気が蔓延する場に風が差し込んだ。誰かが扉を開けて入ってきたようである。
マスラオ達が声のした方向を向くと、そこにいたのはいかにも魔法使いといった見た目の若い男。背は百八十センチ程度、線はやや細めだが弱々しい印象は受けない。青い髪と黒のローブに身を包まれたその男は、神経質そうな顔つきをしていた。
「貴方は、帝国騎士団のクオン殿……」
「部屋に閉じこもって現場を知らずに国を憂う。騎士団員でもないくせにご苦労なことだ。……して、貴様が勇者か」
クオンと呼ばれた男は神官達に嫌味を放ち、マスラオの方を向いた。目と目が合うと、彼の瞳が先ほどのキオラと似たオーラを纏っていることに気づく。
「……なんかそう呼ばれてるみたいですね」
「いや、謙遜の必要はない。敬語も不要だ。……クク、にしてもなんて馬鹿げた魔力量だ。貴様の潜在能力に気づけぬ奴らの戯言など聞き流せ」
「そうなんで――っと、そう、なのか? 正直理解が追いついてなくてよく分かってないんだ」
「ああ、この世界に来たばかりで疑問は尽きぬことだろう。僕が答えられる範囲なら答える。その分貴様の話も聞かせてもらうがな」
「それは助か――」
「クオン殿、その男は大した力を持ち合わせていないようです。貴方ほどの御仁が時間を割く必要はないですぞ」
話に割って入ろうとした神官に対し、クオンは虫でも見るような目で一瞥をくれた。
「はあ、節穴の貴様らに何を言っても分かるまい」
「……節穴、と言いましたか。それでは貴方がそこまで言うその勇者もどきの力を、今ここで見せて貰いましょう。セイヌ殿、よろしくお願いします」
「よし来た」
(……! この男、デカイな)
神官の呼びかけに応えて出てきたのは、白いローブに包まれた大男。その頭は覆面で隠されている。
布越しにもわかるその筋肉の輪郭に、マスラオは驚きと敬意を覚えた。筋肉に歴史あり。積み重ね無くしてバルク無し。多くの時間を筋肉に捧げた事は推して知ることができる。
マッチョはマッチョを讃えるもの。しかし、セイヌと呼ばれた男の方はマスラオに対して敬意を覚えてはいない様子だ。
「ふん。確かに体格は目を見張るものがあるが、それだけなんだろ? ショボそうな恩寵じゃあ十字兵筆頭の俺には勝てないぜ? お前のいた世界じゃあどうだったか知らないが、この世界では魔法が物を言う! それを見せてやる!」
「ちょっと待ってください! 勇者様はこの世界に来たばかりで、戦い方なんて……」
「引っ込んでろ、お飾り聖女が!!」
「キャッ……!」
「おい……!!」
庇うように自分の前に立ち塞がってくれた聖女キオラが、セイヌに力任せに突き飛ばされた姿を見て、マスラオの中で怒りが芽生えた。
「おお? 何か文句あんのかよ、勇者様よおォ!」
「……」
セイヌが頭突きのような形で自身の額をマスラオの額に引っ付ける。しかしマスラオは一歩も引かず、こめかみに青筋を立てながらその額を押し返す。
「貴様のような下品な男が神職についているなんて笑えてくるな」
見かねたクオンが二人を引き剥がした。自分より身長も筋肉量も劣るクオンが割って入ってきた事実に、マスラオは少なからず目を見張る。
「ハッ。女にモヤシ男、二人に守られていい御身分だな、勇者!」
「無視しろ勇者。それより貴様に今から魔法を教える。それでこの木偶の坊をぶちのめせ」
「ああ!? テメェ、帝国最強だか何だか知らねえが、今ここで俺がぶち殺して――」
クオンが持っていた杖をセイヌの眼前に突きつけると、彼の言葉はそこで止まった。
「やめておけ。神官達の奇跡でも、死者の蘇生は出来ないんだろ?」
「……っ!!」
マスラオの素人目を通して見ても、クオンの迫力は凄まじかった。セイヌが青い顔で気圧されるのも無理からぬ事である。
「そこまで勇者の事を見くびるなら……そうだな。勇者の一撃をただ受け止めてみろ。取るに足らぬ存在のパンチならば問題あるまい」
「……いいぜ。やってみろよ」
「と、言うわけだ。目に物をみせてやれ、勇者」
ケロリとした顔で振り返るクオンに、マスラオは若干呆れてしまった。
「い、いや。先に魔法ってやつを教えてくれ」
「ああ、そうだったな。……ふむ、勇者よ、一発引っ叩いてもいいか?」
「え? い、嫌かも」
「そう言うな。じゃあ行くぞ」
(あ、有無は言えないっぽいな)
そう思ったマスラオは一瞬で諦め、クオンの拳を受け入れることに決めた。男児たるもの、悲しい事に不条理耐性が自然と備わるものである。
「……ッ!」
てっきり頬にビンタでもされると思っていたマスラオに待ち受けていたのは、鳩尾に対する逆水平チョップ。叩かれた場所がジンジンと痛んだ。
「ただ痛いだけじゃないだろう。何か温かい感覚を覚えないか?」
「……! そう言われるとなんか、丹田の辺りから、見えないのに湧いてくるようなものがある」
「だろうよ。それが魔力だ。その感覚を、全身に行き渡らせられるか?」
「え。えっと、こうか? ……んぬおおおおッ!」
やり方がわからないマスラオは、とにかく全身に力を漲らせた。記憶はないが、昔こうして「気」を全身に巡らせる練習をした気がするから。
「……まあ、かなり不恰好ではあるが出来てはいるな。して聖女。さっき聞いていたが、勇者が使える二つの魔法は基礎魔法の二つで相違ないか?」
「え、ええ。そうです」
「分かった。勇者よ、今から貴様に教えるのは、貴様にとっておあつらえ向きの魔法だ」
「う、うん! で、いつまでこうしてればいいんだ!?」
「なんだ、まだやってたのか。一旦やめて良いぞ」
「え」
クオンに言われてからずっと力んでいたマスラオはとてつもない虚脱感に襲われた。怒る程ではないし、文句を言う程でもないが、何か言いたげな顔でマスラオはクオンを見る。
「何だその顔は。まあいい、さっきのように魔力を全身に漲らせたまま、こう叫べ。ーー」
「……分かった。ふゥ〜〜っ、ぬおおおおおッ!」
クオンから呪文を聞き、マスラオは再び全身に魔力を巡らせる。そして叫ぶ。とてもとても大きな声で。
「……《身体強化魔法》ッ!!」
「「「!!!」」」
マスラオが教わったのは、この世界で使えぬ者がいないと言われているほど一般的な基礎魔法。使用者の身体能力を1.5倍にするとかしないとか言われている魔法。
彼の身体能力の高さは火を見るより明らか。それ故にこの魔法は、クオンの言うようにマスラオにとっておあつらえ向きの魔法なのである。
どれだけおあつらえ向きかと言うと、彼が着ていた「差し止め」とプリントされている謎Tシャツが弾け飛ぶくらいである。
「これは……!」
「な、何かマズったか!? クオン!」
「いや、全くもって問題ない! そのままその木偶の坊に、思いっきりぶちかませ!!」
「分かった!!」
クオンのお墨付きを得て、マスラオは悠々とセイヌの方に歩き出す。のしり、のしりと。
「いや、待て待て待て待て!! ちょっと待ってくれ!!」
「待たない! ウオオオオオ!」
「ウワアアアアっ! え、《身体強化魔法》……ガッ」
重く鈍い音が、その衝撃の威力を何よりも表す。マスラオの拳はセイヌの腹に叩き込まれ……。
「ボアアアアア!!! っァァァァァ…………」
「「「ぬわあああッ!?」」」
セイヌの体は錐揉み回転をしながら飛び、大聖堂のステンドグラスをぶち破って尚止まらず、どこまでも遠く飛んでいった。
「「「セイヌ・カーマ殿ォォォ!!」」」
神官達は飛んで行った咬ませ犬を追うようにその場を去り、マスラオとキオラ、クオンがポツリと取り残された。その規格外の威力。魔法を教えた側の、帝国最強の魔法使いであるクオンも驚きを隠せなかった。
マスラオが、拳と、声を震わせながら二人の方に振り返る。
「お、おお、俺、何か殺っちゃいました……?」




