7/10 断章その4「Yes or No?」
クスリをやっていたせいか、水に入ってしまった男がいた。
はっきりと自殺だったかどうかはわからない。
彼はサンジの父が一時再婚していた相手の連れ子で、同居したことはないが2、3回会っていた。
義弟ということになるのか、親同士がすぐ別れたから実質他人か。
彼もバンドをやっていて、縁が切れてからもときどきつき合いがあった。
およそ無口な男だったけれど、サンジと話す時はほんの少し笑顔だったような気がする。
「兄さん」半ばふざけた調子で話しかけてくることもあった。
どんな気持ちで言ってくれていたのか。
サンジは友人と二人で、主がいなくなったアパートの部屋を訪ねてみた。
荷物の整理をしていたお兄さんがいて、サンジとは面識がなく母の再婚相手の姓など覚えていなかったのか、バンド仲間と思われたようだ。
サンジはいちおう社会人だからと用意していた香典を出した。
「おれたちからの気持ちです、たいしたあれじゃないんで……」
何か言いかけた友人を制して、ふたりぶんということにしておいた。
「タカシと仲良くしていただいて、ありがとうございます」
(おまえたちのような連中とつき合っていたから、弟は死んだんだ)
そんなふうに言われる可能性もあったから、少しほっとした。
サンジたちはしばらくそこにいて、タカシの話をした。
それからなんとなく、片付けの手伝いをしはじめた。
「これ、持っていきませんか」
お兄さんが指差したのは、当時はまだ個人が持っているのは珍しかったコンピュータ、PC98とマッキントッシュだった。
タカシが、途中で辞めてしまったけれど理工系の学校に行っていたのは初めて知った。
(だからフレーズの組み立てが理詰めだったのかな……)
「でも、すごく高価いものだろうし、大事な情報とか入ってるんじゃないですか」
「私らも、そこらへんはまるでわからないんで……知らない人に持っていかれるよりは、あなたたちが貰ってくれたほうがいいんじゃないかと」
「サンジのとこは広いから置けるんじゃない」
「おれだって、全然こういうのわからないんだけど……」
これが、サンジがコンピュータというものを触るようになったきっかけだった。
サンジが住んでいたアパートは広いというものではなかったが、なにしろ家財道具らしいものがなくてがらんとしていたのだ。
しばらくの間、機械たちはそこに積み上げてあった。
そのうち、ただ場所を占領されていたのでは仕方ない、これを使ってみるか、捨ててしまうかどちらかにしようと思いはじめた。
タカシの遺書とかそのようなものを見つけ、お兄さんに渡せるかもしれないというのもあった。
こんな動機でコンピュータを始めた人間は、あまりいないと思う。
なんの知識もなかったサンジは、まずばらばらに運ばれてきた機器をつなげるところでつまづいた。
コネクタの形状だけを頼りに、見当でつなげていったのだ。
本屋に行き「パソコンの初歩」というような本を買って、写真と見比べながらなんとか動く状態にした。
PC98の電源を入れてベーシックの画面が出てきた時は「やった」と思ったが、それから先は何もわからなかった。
本を見てベーシックで文字を打ったり、円を表示させてみたりした……。
だからなんになるんだ、これは?
98がMS-DOSというもので動くのを知ったのが何か月も後のことだから、気の長い話だった。
(結果的には、それがいまでもおれのメシの種になってるんだから、わからないもんだ)
サンジが行っていたのは文系の大学で、コンピュータなど自分には縁のないものだと思っていた。
辛抱強くタカシの足跡を追いかけ、98に入っていたデータベースソフトの扱いも覚えた。
(よくあきらめずに続けたもんだよな)
「サンジが使えるようになると思わなかったなあ」
一緒にタカシの部屋に行った友人が来ていた。
「使えるって、ディスクの中身を見られるようになっただけだよ」
サンジは毎日、仕事から帰ると98を立ち上げ、タカシが残した二百枚ほどのFDを調べていた。
ほとんどがサンジには理解できないプログラムのコードで、日本語のテキストとかは全くなかった。
「理系のやつって、日記とか遺書なんて残さないかもな」
「マックのほうは?」
「98よりわかりやすかったけど、なんか一杯プロテクトっていうのがかかってて、ある程度以上は全然入れなくなってる」
「そうかあ……」
そのころにはサンジは、人妻のミツエと別れていた。
(こうやって98やマックを調べて、お堂に入ったみたいだったな)
それでよかったのだろうと思うようになったのは、ずいぶん後のことだ。
どうにもいたたまれずニシヤマさんのもとを離れてしまったことは、悔いた。




