第41話「連れていく場所」
――処置後。
さっきまで張り詰めていた空気は、ゆっくりとほどけていた。
モニターの音も落ち着いている。
周囲も、もう次の動きに移っている。
その中で。
サヤは、ほんの一瞬だけ引っかかっていた。
(……今の)
ほんの一瞬。
ヘンリーの動きが、止まった気がした。
ほんのわずか。
でも、確かに。
⸻
気づけば、ヘンリーの後を追っていた。
彼は非常階段で外の空気を吸っていた。
「……大丈夫ですか?」
ヘンリーは振り返る。
いつも通りの顔。
「……あぁ」
短い返事。
それだけ。
(……やっぱり)
言葉は普通。
でも。
(一瞬、止まった)
違和感だけが残る。
「さっきの、何か――」
聞きかける。
でも。
「今度の休み」
被せるように、言葉が落ちる。
「……え?」
思わず顔を上げる。
「少し付き合ってもらえるか」
理由は言わない。
説明もない。
でも。
(……あ)
聞かなくても分かる気がした。
「……はい」
小さく頷く。
ヘンリーはそれ以上何も言わない。
もう視線は次に向いている。
でも。
(……やっぱり、何かある)
その確信だけが、残った。
⸻
*
⸻
――休日。
空は、少しだけ曇っていた。
強い日差しはないけれど、暗すぎるわけでもない。
どこか、静かな色の空。
⸻
サヤは、ヘンリーの少し後ろを歩いていた。
行き先は聞いていない。
でも、不思議と聞こうとは思わなかった。
(……あのときの)
思い出す。
『少し付き合ってもらえるか』
理由は、聞かなかった。
でも。
(ちゃんとした場所なんだろうな)
なんとなく、分かっていた。
⸻
やがて、足が止まる。
視界がひらける。
そこは、静かな場所だった。
整然と並ぶ石。
風の音だけが、わずかに通る。
(……お墓)
サヤは小さく息を呑む。
ヘンリーは何も言わず、一つの墓の前に立つ。
慣れた動きだった。
刻まれている名前が、目に入る。
――ノア・パーカー
(……)
胸の奥が少しだけ締まる。
少しの沈黙。
風が通り過ぎる。
ヘンリーが口を開く。
「こいつは、俺の幼馴染だった」
「……そうなんですね」
サヤは静かに頷く。
少しだけ、間が空く。
「……28のときに、死んだ」
短い言葉。
それだけで、十分だった。
「……医者だった」
「俺と、同じで」
断片的に、落ちてくる。
「そのとき、俺は止まった」
それだけ。
それ以上は語らない。
でも。
(……十分すぎる)
サヤは何も聞かない。
しばらく、沈黙が続く。
ヘンリーは視線を落としたまま、言った。
「毎年、この時期に来てる」
一拍。
「……誰かを連れてきたのは、初めてだ」
その言葉に、サヤの胸が静かに揺れる。
(……初めて)
その意味を、ちゃんと理解する。
サヤはゆっくりと前に出る。
墓の前に立つ。
「ノアさん、初めまして」
「ヘンリーさんとお付き合いしている、サヤです」
少しだけ、言葉を探す。
「……この人、ほんとに言葉足らずで」
「周りのことなんて、どうでもいいみたいな顔するんですけど」
ほんの少しだけ、笑う。
「でも」
「ちゃんと優しい人だって、知ってます」
一拍。
風が通る。
「……だから」
「ちゃんと、ここにいます」
それ以上は言わない。
でも、それで十分だった。
軽く頭を下げる。
後ろに戻ると、ヘンリーがわずかにこちらを見る。
何も言わない。
でも、その一瞬で伝わるものがあった。
しばらくして、2人はその場を離れる。
⸻
帰り道。
来たときより、少しだけ距離が近い。
自然に、手が触れる。
サヤはそのまま、軽く指を重ねる。
少しだけ間。
ヘンリーの指が、わずかに動く。
確かめるように。
そして、少しだけ強く握り返される。
「……っ」
サヤは小さく息を呑む。
でも、何も言わない。
そのまま、握り返す。
離さないように。
確かめるみたいに。
ヘンリーも、何も言わない。
ただ、そのまま歩く。
静かな道。
風の音。
重なった手の温度。
(……もう)
サヤは小さく息を吐く。
(ひとりじゃない)
その感覚だけが、確かに残っていた。




