第26話「気に食わない笑顔」
ナースステーション。
「サヤさん」
「はい!」
振り向くと、若い医師が立っていた。
「さっきの処置、すごく助かりました」
「え、あ……!」
少し驚く。
「あの判断、普通は迷いますよ」
「でも迷わず動いてくれたから、すごく助かりました」
まっすぐな言葉。
一瞬戸惑って。
「そんな……!でも嬉しいです、ありがとうございます!」
ぱっと、顔が明るくなる。
遠慮のない、満面の笑み。
その笑顔を見て。
「……あ、いえ、その……」
若い医師が、少しだけ視線を逸らす。
わずかに頬が赤くなる。
少し迷ってから、続ける。
「……また一緒に当たることあったら、頼りにしてもいいですか」
「え?」
一瞬きょとんとして。
「もちろんです……!」
ためらいなく、頷く。
その無邪気さに。
「……」
ほんの少しだけ、言葉を失う。
「……本当に、助かりました」
今度は、さっきよりも視線が長く残る。
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少し離れたところで。
「……」
ヘンリーが、それを見ていた。
笑顔も。
そのあとの反応も。
全部。
何も言わない。
でも。
視線だけが、わずかに鋭くなる。
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*
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その後の業務。
「サヤ」
「は、はい!」
名前を呼ばれて振り向く。
いつも通りのはずなのに。
(……なんか、違う)
「この処置、つけ」
「はい」
隣に立つ。
距離は近い。
でも。
会話は必要最低限。
目も、あまり合わない。
(……冷たい?)
ほんの少し、不安になる。
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*
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夜。
あの家。
「お邪魔します……」
どこか落ち着かないまま、扉をくぐる。
「入れ」
いつも通りの声。
でも。
空気が少し違う。
「……どうした」
先に聞かれる。
「え?」
「落ち着かない顔してる」
「そ、そんなことないです!」
慌てて否定する。
少しの沈黙。
そして。
「……あいつと、随分楽しそうだったな」
「え?」
「さっきの医者」
一言で、分かる。
「あ……」
思い出す。
あのやり取り。
低い声。
淡々としているのに、少しだけ棘がある。
「……別に」
一度、息を吸う。
「仕事として褒められただけですよ?」
なるべく普通に言う。
でも。
「……」
沈黙。
視線だけが、外れない。
「あいつに頼られるの、そんなに嬉しいか」
「……っ」
言葉に詰まる。
「……あいつ、お前のこと気に入ってるみたいだな」
「え……?」
思わず顔を上げる。
視線が、ぶつかる。
(そこまで見てたんだ……)
心臓が、少し跳ねる。
「……そんなふうには、見えませんでしたけど……」
小さく返す。
自信はない。
次の瞬間。
ぐい、と腕を引かれる。
「――っ」
一気に距離が近づく。
背が、壁に触れる。
逃げ場が、ない。
「分かってて言ってるだろ」
低い声が、近い。
息が、かかる距離。
心臓が、うるさい。
「……外で」
一拍。
視線が、落ちる。
唇のあたりで、止まる。
「あんな無防備な笑顔、見せるな」
指先が、顎のあたりで止まる。
触れそうで、触れない。
「……っ」
逃げようとした瞬間。
すぐに、引き戻される。
「……逃げるな」
さっきより、低い。
一瞬、言葉を失う。
その意味を、ゆっくり理解する。
(……あの笑顔のこと)
顔が、一気に熱くなる。
「そ、それは……!」
言い訳しようとして。
でも、出てこない。
その代わり。
少しだけ前に出る。
ほんの少しの意地。
「……じゃあ」
小さく言う。
「グレーテルさんには、してもいいですか」
一瞬。
空気が止まる。
「……」
ヘンリーが、言葉を失う。
(……え)
(詰まった……?)
その一瞬。
確かに、隙があった。
でも次の瞬間。
「……ほんとに厄介だな」
小さく吐き出す。
そのまま、引き寄せられる。
「――っ」
距離がゼロになる。
「……あんまり煽るな」
低く、静かな声。
でも。
どこか優しい。
サヤは。
ドキドキしながら。
小さく、笑った。
(……ずるいのは、どっちだろう)
エイル「最近見ないねって?空気読んで出てきてないだけよ。まったく……」




