第18話「気づき」
最近は、始業時間より少し早く病院に来るのが習慣になっていた。
ミネルの様子を見に行くため。
それは仕事の延長のようでいて、
ほんの少しだけ違う気がしている。
まだ、勤務時間ではない。
ナースステーションも完全には動き出していない時間。
⸻
サヤは病室の扉を開けた。
朝の病室は、少しだけ柔らかい空気に変わっていた。
カーテン越しの光が、ゆっくりと揺れている。
ミネルはベッドの上で、上半身を少し起こしていた。
まだ完全ではないが、意識ははっきりしている。
「無理しないでね」
サヤは点滴の確認をしながら言う。
「してないって」
ミネルは小さく笑う。
その表情に、サヤの肩の力が少し抜ける。
(……よかった)
本当に。
心の底から、そう思う。
「サヤ」
「ん?」
「なんかさ」
少しだけ、間。
「最近、ちょっと変じゃない?」
「え?」
思わず顔を上げる。
「なんか機嫌いいっていうか」
「余裕あるっていうか」
サヤは一瞬だけ言葉に詰まる。
「そ、そんなことないよ」
否定はする。
でも、どこか自信がない。
ミネルはじっとこちらを見る。
「ふーん」
ミネルは昔から妙に鋭い。
その視線から逃げるように、サヤはカルテに目を落とす。
そのとき。
コン、と軽くノックの音。
「失礼する」
聞き慣れた声。
サヤの手が、止まる。
顔を上げるより先に、意識がそちらへ向く。
(……来た)
ヘンリーだった。
白衣のまま、いつも通りの落ち着いた様子で入ってくる。
「経過だけ確認しにきた」
短く言って、カルテに目を落とす。
その横顔を。
サヤは無意識に見ていた。
(……なんで)
ほんの少しの動きなのに。
やけに目が離せない。
視線が、自然に追ってしまう。
声も、仕草も、昨日の距離も。
全部が、勝手に浮かぶ。
「問題ないな」
そう言って、一瞬だけサヤの方を見る。
すぐに逸らすようにして立ち上がる。
「じゃあ、引き継ぎ通りでいい」
短く言い残し、そのまま扉へ向かう。
「……失礼する」
扉が閉まる。
静かになる。
サヤは、しばらくその方向を見ていた。
(……あ)
そこで初めて、自分の視線に気づく。
「……今も見てた」
「え?」
振り返る。
ミネルが、少しだけ呆れたようにこちらを見ている。
「さっきからずっとだよ」
一拍。
「……あの先生のこと、好きなの?」
時間が、止まる。
(……好き?)
言葉が、遅れて落ちてくる。
(……違う)
そう思うのに。
(……でも)
⸻
昨日の距離。
近すぎた呼吸。
低い声。
「……顔、赤いぞ」
⸻
全部が、一気に蘇る。
心臓が、強く鳴る。
(……なんで)
(あの人のことばっかり)
(気になるの)
否定しようとして、
でも言葉が出てこない。
サヤは、すぐに答えられなかった。
沈黙。
ミネルはそれを見て、少しだけ笑う。
「……図星か」
「ち、違……」
最後まで言えない。
(……これって)
胸の奥にある感覚は、もうはっきりしている。
でも。
まだ名前をつけるのが少し怖い。
サヤはゆっくりと息を吐く。
視線を落としたまま、小さく言う。
「……分かんない」
それは逃げじゃない。
ただ、認める一歩手前の言葉だった。
ミネルはそれ以上は何も言わない。
ただ、その目はどこか納得している。
サヤはもう一度だけ、扉の方を見る。
もう誰もいない。
それでも。
(……ずるい)
そう思った瞬間、
胸の奥が少しだけあたたかくなる。
(……戻れないな)
今度は、その意味を
ちゃんと分かってしまった。
ナイスミネル




