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覚醒、そして世界は動き出す

 小鳥のさえずりと、温かい陽射し。  そして、鼻をくすぐるスープのいい香り。


「……ん」


 俺は重いまぶたをゆっくりと持ち上げた。  視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。いや、高級そうなシャンデリアと、純白の天蓋てんがいだ。


「あれ……俺、生きてる?」


 体を起こそうとすると、全身が鉛のように重い。だが、痛みはない。むしろ、泥のように眠った後のような、心地よいダルさが残っているだけだ。  『概念固定』の反動で消滅したかと思ったが、どうやら五体満足らしい。


 ふと横を見ると、ベッドの両サイドに、何やら重りがあった。


「すー……すー……。レンのバカ……」  右側には、椅子に座ったままベッドに突っ伏して寝ているアリア。


「……ん。むにゃ……離さない……」  左側には、俺の左腕を枕代わりにして、布団の中に潜り込んでいるミリス。


 二人とも、目元が少し赤い。俺が寝ている間、ずっと泣いていたのかもしれない。  俺は苦笑して、二人の頭を撫でようと手を伸ばした。


 その時、俺の懐にあったはずのものが無いことに気づいた。


「……『王家の鍵』は、無しか」


 俺は自分の掌を見つめた。  あの時、砕け散った鍵。始祖の遺産であり、世界を管理するためのマスターキー。  あれがなくなったことで、俺の体から溢れていた無限の魔力も、神ごっこができるような全能感も消え失せていた。


 今の俺にあるのは、これまで通りの自分の魔力と、相棒である『固定』スキルだけ。  正真正銘、ただの人間(冒険者)に戻ったわけだ。


「……せいせいしたぜ」  俺は小さく呟いた。  世界の管理者なんて柄じゃない。俺には、この身の丈に合ったスキル一つで十分だ。


「……んぅ? レンの声……?」  ミリスが身じろぎし、パチクリと目を瞬かせた。  そして、俺と目が合うと、時間が止まったように固まった。


「よお、ミリス。おはよう」


「……レン? 本当に、レン?」 「ああ。幽霊じゃないぞ」


「レン……!!」  ミリスが弾かれたように飛び起き、俺の胸に飛び込んできた。


「わっ、おい!」 「心配した……! 心臓、止まりそうだった……! 三日間も、起きないから……!」


「三日か。思ったより早かったな」


 その騒ぎで、アリアも目を覚ました。 「んん……何よミリス、うるさいわね……って、えっ!?」


 アリアが飛び起き、目をゴシゴシとこする。 「レ、レン!? 起きたの!?」


「ああ。腹が減って目が覚めた」


「バカッ!!」  アリアも涙目になって、反対側から抱きついてきた。 「バカバカバカ! あんたねぇ、本当に消えちゃったかと思ったじゃない! 体が透けてたし、脈も弱かったし……!」


「悪かったよ。でも、約束通り帰ってきたろ?」


 俺は二人の温もりを感じながら、窓の外に目を向けた。  カーテンの隙間から見える空は、どこまでも青く澄み渡っていた。  あの不気味な「黒い亀裂」も、崩れ落ちていた「虚無の穴」も、跡形もなく消えている。


「世界は……どうなった?」


「……ん。直った」  ミリスが顔を埋めたまま答える。 「レンが倒れたあと、崩壊が止まった。空の穴も塞がって、地震も止まった。……今は、すごく静か」


「教団の人たちも、正気に戻ったわ」  アリアが鼻をすすりながら笑った。 「教皇が消えて、洗脳が解けたみたい。みんな、自分が何をしていたか思い出してパニックになってたけど……今はヴァルターたちが事後処理をしてる」


「ヴァルターが? 帝国の?」


「ええ。帝都から飛空艇で駆けつけてくれたのよ。教団の幹部がいなくなったから、今は暫定的に帝国と冒険者ギルドが協力して、聖都を管理してるわ」


 なるほど。  あの隻眼の将校なら、手際よくやってくれるだろう。  俺が『永遠不滅』で寿命を固定したことで、この世界は「終わらない世界」へと再定義された。  もちろん、問題が全部解決したわけじゃない。国同士の確執や、教団の負の遺産は残っている。  だが、少なくとも「明日が来ない」という絶望だけは回避できたはずだ。


「……ねえ、レン」  アリアが俺の顔を覗き込んだ。 「体は? 鍵がなくなったけど、不便はない?」


「んー、そうだな」  俺は近くにあった水差しを指差した。


「『空間固定』」


 ピタリ。  水差しが空中で静止した。  魔力の消費量は以前と同じくらい。鍵のブーストがない分、大規模な固定は疲れるかもしれないが、技術テクニックは体が覚えている。


商売道具スキルは無事だ。これなら、明日からでも依頼を受けられるな」


「もう! また仕事の話!?」  アリアが呆れたように、でも嬉しそうに笑った。 「世界を救った英雄なんだから、もう少し休みなさいよ。……一生遊んで暮らせるくらい、お礼が出るはずだし」


「英雄か……。ガラじゃないな」


 俺はベッドから降り、窓を開け放った。  心地よい風が吹き込んでくる。  それは、作り物の楽園の風ではなく、人々の生活の匂いが混じった、生きた世界の風だった。


「さて、と」  俺は大きく伸びをした。


「リハビリがてら、散歩でも行くか。……俺たちが守った世界がどんな顔をしてるか、見ておかないとな」


 俺たちは部屋を出て、再生した聖都の街へと繰り出した。  長い長い戦いの果てに勝ち取った、ありふれた日常を味わうために。

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