世界を繋ぐ楔(クサビ)と、選ばない未来
「ぐぅぅぅぅぅぅぅッ……!!」
俺の喉から、獣のような咆哮が漏れた。 『王家の鍵』を崩壊の中心に突き立てた瞬間、俺の身体に、想像を絶する負荷がかかったからだ。
重い、とか、痛い、という次元ではない。 大陸の質量、海の深さ、大気の流れ、そして生きとし生けるもの全ての生命活動――それら膨大な情報の奔流が、俺という一個人の魂に雪崩れ込んできたのだ。
ミシミシと、魂が軋む音が聞こえる。
「レン! レン!? 体が……透けてるわよ!?」 アリアの悲鳴が遠くに聞こえる。
自分の手を見ると、指先が光の粒子となって分解されかかっていた。 世界を固定するということは、俺自身が世界の一部――『人柱』へと同化することを意味していた。
「……大丈夫だ」 俺は歯を食い縛り、意識を保つ。
「『概念固定』――世界保存……!!」
キィィィィィィン!!
鍵を中心にして、虹色の波紋が広がっていく。 波紋が触れた場所から、崩れ落ちていた空間がピタリと停止し、裂けていた虚無の穴が、まるで映像を巻き戻すように修復されていく。
黒い闇が後退し、白い空間が再構築される。 さらにその波及効果は、聖域を超え、大陸全土へと広がっていくのが『空間把握』で感じ取れた。 ひび割れた大地が塞がり、荒れ狂う異常気象が鎮まっていく。
「す、すごい……! 世界が、直っていく……!」 アリアが目を見張る。
「……ん。でも、レンの魔力がどんどん減ってる。これ以上は命に関わる」 ミリスが焦燥の表情で俺に駆け寄ろうとする。
「来るな!」 俺は鋭く制止した。
「今は俺に触れるな。……同化に巻き込まれるぞ」
俺は二人を見ずに、目の前の鍵に集中したまま告げた。
「修理は順調だ。だが、完全に安定させるには、このまま『楔』を打ち続けなきゃならない。 ……俺はここに残る」
「は……? 何言ってるの?」 アリアの声が震えた。
「教皇の言った通りだ。管理者がいなきゃ、この世界は持たない。 だから俺が新しい管理者になる。……ここでお前たちの未来を、永遠に『固定』し続けてやるよ」
それが、唯一の解決策だった。 俺一人が犠牲になれば、世界は救われる。 両親も、きっと同じことをしようとしたのかもしれない。
「さあ、道を開けるぞ。お前たちは地上へ戻れ」
俺は片手で空間を操作し、聖都への転移ゲートを開いた。
「行け。……今まで、楽しかったぜ」
俺は精一杯の強がりで笑って見せた。 これでいい。荷物持ちとして追放された俺が、最後は世界そのものを背負って終わる。悪くない結末だ。
――バシッ!!
乾いた音が響いた。 俺の頬が、熱く燃えるように痛んだ。
驚いて顔を上げると、そこには涙を溜めながら、拳を握りしめたアリアが立っていた。 同化の危険など顧みず、俺の至近距離まで踏み込んでいたのだ。
「ふざけんじゃないわよッ!!」
アリアが怒鳴った。
「何が管理者よ! 何が『楽しかった』よ! 勝手に過去形にして、勝手に英雄になって終わろうとしてんじゃないわよこのバカ!」
「アリア……。でも、こうしないと……」
「……ん。嫌だ」 ミリスも俺の腰に抱きついた。冷たいはずの彼女の体が、今は温かい。 「レンがいない世界なんて、守る意味がない。レンが人柱になるなら、私もここで一緒に凍る」
「お前たち……」
「『固定』なんでしょ!?」 アリアが俺の胸ぐらを掴んで揺さぶった。 「あんたのスキルは、理不尽なことを無理やりどうにかするチートじゃなかったの!? だったら、自分の運命くらい『固定』して見せなさいよ! 世界も救って、自分も助かる。……そういうワガママを通すのが、Sランクの『銀翼』でしょ!?」
アリアの言葉が、胸に刺さった。 そうだ。俺はずっとそうやって生きてきた。 追放された時も、絶体絶命の時も、常識や物理法則をねじ曲げて、自分の居場所を作ってきたはずだ。
それなのに、最後の最後で「常識的な自己犠牲」を選ぼうなんて、笑わせる。
「……ははっ。痛えな、アリアの拳骨は」
俺は涙を拭い、再び鍵を握り直した。
「ああ、そうだな。俺は強欲な冒険者だ。世界も、仲間も、自分の命も……全部持って帰らなきゃ割に合わねえ!」
俺は思考を切り替えた。 世界を支え続けるんじゃない。 世界が「壊れない状態」であること自体を、この世界の新たなルールとして刻み込むんだ。
「見てろよ教皇。お前の作ったシステムごと、書き換えてやる!」
俺は残った全魔力、そして生命力を燃やした。
「奥義・『概念固定』――永遠不滅!!」
俺は、この世界の「寿命」という概念そのものを凍結した。 明日も、明後日も、一千年先も、世界がそこに在り続けるという「事実」を、過去から未来へ串刺しにして固定する。
バギィィィィンッ!!
空間が悲鳴を上げ、俺の手の中で『王家の鍵』が砕け散った。 役割を終えた鍵が、光の粒子となって世界中に降り注ぐ。
同時に、俺の意識もプツリと途切れた。
「レン!!」
遠のく意識の中で、二人が俺を抱きとめる感触だけが残った。 温かい。 ……ああ、どうやら俺は、まだ生きていられそうだ。
(視界がホワイトアウトする)




