神の落日と、崩れゆく箱庭
ズドォォォォォォォォォンッ!!
時が動き出した瞬間、世界が白と赤と青の閃光に塗り潰された。 アリアの放った『炎神・覇王断』と、ミリスの放った『氷神・絶対穿孔』。 相反する極大エネルギーが、無防備な教皇の胸部コアで衝突し、熱膨張と収縮による破壊的な連鎖反応を引き起こしたのだ。
『ガァァァァァァァァッ!? 熱イッ! 冷タイッ! 痛イィィィィッ!!』
教皇の絶叫が木霊する。 どんな物理攻撃も無効化するはずの虚無の装甲が、神殺しの一撃によって紙屑のように砕け散った。 そして、露出した紫色のコアに亀裂が走り――。
パリンッ。
硬質な音と共に、コアが粉々に砕け散った。
『バ、バカ……ナ……。私ハ……神、ナノニ……』
教皇の巨体が、内側から崩壊を始めた。 黒いヘドロのような肉体がボロボロと剥がれ落ち、光の粒子となって霧散していく。 六枚の翼が折れ、異形の四肢が溶け落ちる。
やがて、光が収束した場所に残されたのは、ボロ布のようになった法衣を纏った、ただの少年――イノケンティウスの姿だった。
「はぁ、はぁ……やった……!」 アリアが剣を杖にして、その場に崩れ落ちる。魔力を使い果たし、立っているのもやっとだ。
「……ん。勝った」 ミリスも座り込み、安堵の息を吐く。
俺は痛む体を引きずり、仰向けに倒れた教皇の元へと歩み寄った。 彼は空虚な瞳で、ひび割れた白い天井(空)を見上げていた。
「……見事です」 教皇の口から、血が溢れる。その声は、憑き物が落ちたように穏やかだった。
「まさか、人間の可能性が……システム上の『神』を凌駕するとは。……貴方たちの勝ちです、レン」
「ああ。これでお前の計画も終わりだ」 俺は鍵を握ったまま見下ろした。「世界はまだ終わらせない」
「ふふ……。そう、思いたいでしょうね」 教皇が自嘲気味に笑った。
「ですが、貴方は一つ勘違いをしている。私は世界を滅ぼそうとしていたのではありません。……『終わらせてあげよう』としていたのです」
「どういう意味だ?」
「この世界は、私という管理者が『虚無』を制御することで、かろうじて形を保っていました。 その私が消えれば……どうなると思いますか?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
教皇の言葉を肯定するように、凄まじい地響きが空間全体を襲った。 白い空間に走っていた亀裂が一気に広がり、そこから本当の「虚無」――何も存在しない漆黒の闇が溢れ出し始めた。
「なっ……!?」 「空が……落ちてくる!?」
アリアが叫ぶ。 頭上の白い空がガラスのように割れ、巨大な黒い穴が広がっていく。 そこから見えるのは、星空ではない。文字通りの「無」だ。
「延命装置は壊れました。……さあ、始まりですよ。本当の終焉が」
教皇の体が、足元から光の粒子となって消え始めた。
「レン。貴方が選んだ道です。この崩壊する世界を抱えて……絶望の中で溺れなさい」
最期に意地悪く微笑むと、白の教皇イノケンティウスは、光の中に溶けて完全に消滅した。
後に残されたのは、制御を失い、崩れ落ちていく世界と、俺たち三人だけ。
「レン! どうなってるの!? 地面が消えていくわよ!」 アリアが悲鳴を上げる。 足元の床が端からボロボロと崩れ、虚無の闇へと吸い込まれていく。
「……ん。魔力が暴走してる。このままだと、世界中が飲み込まれる」 ミリスの顔色が蒼白になる。
教皇の言っていたことは本当だった。 あいつは最悪の独裁者だったが、同時にこの腐りかけた世界を支える柱でもあったのだ。 柱を失った今、屋根が落ちてくるのは当然の理屈だ。
「……上等じゃないか」
俺は震える足に力を込め、仁王立ちした。 崩壊する世界。迫りくる虚無。 絶望的な状況だが、俺の心は不思議と冷えていた。いや、燃えていた。
「管理者がいなくなったなら、新しい管理者が座ればいいだけの話だ」
俺は『王家の鍵』を高く掲げた。 鍵は、教皇が消えたことで解放された膨大な「世界の魔力」を吸い込み、太陽のように輝き始めた。
「アリア、ミリス。掴まってろ!」
「えっ? レン、何をする気!?」
「修理だよ!」 俺はニヤリと笑った。
「柱が折れたなら、俺が代わりになる。……世界丸ごと、『固定』してやる!」
俺は鍵を、崩れゆく空間の中心に突き刺した。 これが最後の仕事だ。 世界そのものを継ぎ接ぎして直す、史上最大の『固定』が発動する。




