英雄の休日と、変わらない日常
聖都エデンの街並みは、三日前とは様変わりしていた。 建物こそ白いままだが、そこに行き交う人々の表情には、多様な色が戻っていた。
怒鳴り合っている商人、大声で笑う子供たち、不安そうに身を寄せ合う家族。 以前の不気味なほどの「統一された笑顔」はない。喧騒と混乱、そして活力に満ちた、当たり前の人間の営みがそこにあった。
「ねえ見て! あそこの屋台、すっごくいい匂い!」 アリアが焼き串の屋台を指差してはしゃぐ。
「……ん。お腹すいた」 ミリスも目を輝かせている。
俺たちは人混みに混じって、食べ歩きをしていた。 すれ違う人々は、誰も俺たちが世界を救ったなどとは知らない。ただの観光客か冒険者だと思っているようだ。 それが心地よかった。
「お兄ちゃん! お姉ちゃんたち!」
広場を通りかかった時、聞き覚えのある声がした。 以前、地下工場から助け出した少年、カイルだ。父親らしき男性と一緒に駆け寄ってくる。
「カイルか。元気そうだな」 「うん! パパも元通りになったよ。……あの時は本当にありがとう!」
カイルの父親が深々と頭を下げた。 「貴方方のおかげで、息子も私も正気を取り戻せました。あのままだったらと思うとゾッとします……。このご恩は一生忘れません」
「気にしないでくれ。俺たちは仕事をしただけだ」 俺はカイルの頭をポンと撫でた。 記憶を奪われ、笑顔を強制されていた少年は今、少し泣きそうな、でも安心したような「普通の笑顔」を浮かべている。 それを見られただけで、あの激闘の疲れも吹き飛ぶというものだ。
「……よかったわね、レン」 親子が去った後、アリアが優しく微笑んだ。
「ああ。悪くない気分だ」
その時、上空から重低音が響いた。 見上げると、帝国の紋章が入った小型の飛空艇が、広場の中央に降りてくるところだった。 周囲の人々がざわめく中、タラップから降りてきたのは、軍服を正した隻眼の男――ヴァルターだった。
「探したぞ、英雄殿」 ヴァルターは俺たちの前で足を止めると、周囲の目も憚らずに敬礼した。
「ヴァルターか。派手な登場だな」 「貴様らが見つからないからだ。……体調はどうだ?」
「見ての通りピンピンしてるよ。スキルも問題ない」 俺は実演代わりに、近くにあった噴水の水飛沫を空中で『固定』して、即席の氷像(のような水のアート)を作ってみせた。
「相変わらずデタラメな技術だ」 ヴァルターは苦笑し、そして真剣な表情に戻った。
「改めて礼を言う。貴様らが教皇を倒し、世界を修復してくれたおかげで、我々も滅亡を免れた。 現在、帝国は旧教団領の管理と復興支援に全力を挙げている。ガリウス前皇帝の行った非人道的な研究も全て凍結し、被害者への賠償を進めるつもりだ」
「前皇帝、ってことは……あんたが新しいトップか?」
「まさか。私は軍人に過ぎん。だが、新しい議会が発足するまでの暫定統治は任されている」 ヴァルターは肩をすくめた。 「そこでだ、レン。新政府から貴様らに、正式なオファーがある」
ヴァルターは懐から、金箔の押された書状を取り出した。
「Sランクパーティ『銀翼』に対し、帝国および聖都の『名誉守護職』の地位を用意した。 貴族並みの特権、広大な領地、そして一生遊んで暮らせるだけの年金。……どうだ? 世界の救世主に相応しい待遇だと思うが」
周囲の市民たちが「えっ、救世主?」「あの人たちが?」とざわつき始める。
俺は書状を受け取り、中身をパラパラと見た。 確かに破格の条件だ。これを受け取れば、俺たちは歴史に名を残す偉人として、左団扇で暮らせるだろう。
アリアとミリスを見る。 二人は俺の顔を見て、ニヤニヤと笑っていた。答えはわかっているようだ。
「……悪いな、ヴァルター」 俺は書状を丁寧に畳み、ヴァルターの胸ポケットに押し返した。
「俺は『固定』するスキル持ちだが、一つの場所に『固定』されるのは御免なんだ」
「……ふっ。言うと思ったぞ」
「俺たちは冒険者だ。世界を救ったのも、なりゆきと依頼の結果に過ぎない。 だから報酬は、ギルドの規定通りに支払ってくれればいい。……まあ、Sランク依頼の特別ボーナスくらいは弾んでくれると嬉しいけどな」
ヴァルターは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑声を上げた。 「欲のない奴らだ。……わかった。この件は保留にしておく。だが、金銭的な報酬だけは拒否権なしで口座に振り込ませてもらうぞ。復興予算の一部だと思って使ってくれ」
「それならありがたく貰っておくよ」
ヴァルターは再び敬礼し、飛空艇へと戻っていった。 「また会おう、自由なる銀の翼よ。……次は戦場ではない場所でな」
飛空艇が飛び去っていくのを、俺たちは見送った。
「あーあ、もったいない! お城みたいな家、貰えたかもしれないのに!」 アリアがからかうように言う。
「……ん。でも、レンは窮屈なのは嫌い」 ミリスが俺の袖を引く。
「よくわかってるじゃないか。それに、俺たちにはまだ、やり残したことがあるだろ?」
「やり残したこと?」
「ああ」 俺は西の空――かつて俺たちが旅立った、始まりの街の方角を見た。
「ギルドに報告しなきゃな。『世界、固定しておきました』って」
二人が吹き出した。 「何それ! 受付のルナさん、腰抜かすわよ!」 「……ん。Sランク昇格試験、合格間違いなし」
「よし、行こうぜ。俺たちの旅は、まだ終わらない」
俺たちは晴れやかな顔で、聖都の出口へと歩き出した。 その背中には、心地よい自由の風が吹いていた。
ここまで書けました。100話書ける人はすごいですね。
次の話を準備しますので、次は悪女が活躍する話で書きたいと思っています。
5月から投稿しようと思っています。
100点を超えたかった。残念です。




