魂の加工場と、抽出される絶望
「……ここだよ。この通気口の奥が、工場に繋がってる」
カイルが指差したのは、路地裏のマンホールの下、古びた下水道のさらに奥にある鉄格子だった。 地上の「純白の楽園」とは対照的な、湿気とカビ、そして錆びついた鉄の臭いが充満する暗闇。
「ありがとな、カイル。お前はここで待ってろ」 「う、うん……。気をつけてね」
俺たちはカイルを残し、狭い通気口を這い進んだ。 進むにつれて、不快な羽音のような機械音と、何かが焦げるような異臭が強くなってくる。
「……ん。空気が重い。息苦しい」 ミリスが胸を押さえる。 俺の『空間把握』も、この先に巨大な魔力の渦を捉えていた。だがそれは、自然界の魔力ではない。もっとドロドロとした、怨念のような負のエネルギーだ。
「着いたぞ」
俺は通気口の出口にある金網を『固定』解除して外し、眼下の光景を覗き込んだ。 そこは、巨大な工場だった。 だが、ベルトコンベアに乗せられているのは、機械の部品ではない。
――人間だ。
椅子に拘束された人々が、レールの上をゆっくりと流れていく。 彼らの頭上には、無数の触手のようなパイプが垂れ下がっており、それが頭部に接続されると、人々の口から悲鳴にもならない喘ぎ声が漏れる。
シュゴオォォォ……!
パイプが、人々の頭から「黒い靄」のようなものを吸い上げていく。 恐怖、怒り、悲しみ。そういった負の感情を、物理的なエネルギーとして抽出しているのだ。 「処理」を終えた人々は、目が虚ろになり、だらりと口元を緩ませて運ばれていく。あの「笑顔」の正体だ。
「ひどい……。感情を吸い取って、ロボットみたいにしてるの……?」 アリアが震える声で呟く。
「それだけじゃない」 俺は、吸い上げられた「黒い靄」の行方を目で追った。 パイプを通った黒いエネルギーは、中央にある巨大なタンクへと集められ、そこで圧縮・精製されている。そして、そのタンクの底には、帝国の実験体に使われていた『虚無』と酷似した、赤黒い結晶が生成されていた。
「人間の『絶望』を燃料にして、何かを作っているんだ。……帝国の科学と教団の魔術、最悪のハイブリッドだな」
「――素晴らしい分析力ですね」
不意に、背後からねっとりとした声がかかった。
「!!」 俺たちがバッと振り返ると、通気口の出口付近の空間が歪み、一人の男が立っていた。 深紅の法衣を纏い、顔の半分を仮面で覆った長身の男。その手には、鞭のような形状をした杖が握られている。
「ようこそ、異端の鼠たち。ここは神聖なる『魂の浄化槽』ですよ」
「お前は……」 俺は警戒し、アリアたちを庇うように立つ。
「私は審問官イズマイル。この施設で、迷える魂から『穢れ』を取り除き、純粋なエネルギーへと昇華させる務めを担っております」
イズマイルは、眼下の工場を見下ろして恍惚と語った。
「見てください、あの安らかな顔を。苦しみも悩みもない、完全なる幸福。そして彼らから取り除かれた『苦痛』は、偉大なる教皇様のための力となる。……これこそが究極のSDGs(持続可能な神の恵み)だと思いませんか?」
「ふざけるな!」 アリアが激昂して剣を抜く。「人の心を踏みにじっておいて、何が恵みよ! ただの拷問じゃない!」
「拷問? 心外ですねぇ。これは『治療』ですよ」 イズマイルが杖を一振りすると、タンクに溜まっていた「黒い靄」の一部が彼の周囲に集まった。
「ですが、貴方たちのような強情な患者には、少し荒療治が必要かもしれませんね。……味わってみますか? 数千人分の『絶望』の味を」
ヒュオォォォォッ!!
イズマイルが杖を振るうと、黒い靄が実体化し、無数の亡者の顔となって俺たちに襲いかかってきた。 物理的な攻撃ではない。精神を直接汚染する、呪いの波だ。
「くっ……!? 頭が……痛い……!」 アリアが剣を取り落とし、頭を抱えて膝をつく。 「やめて……来ないで……!」
「……ん。暗い……怖い……」 ミリスも蹲り、ガタガタと震え出した。
「精神干渉魔法か……!」 俺も強烈な吐き気を感じていた。他人のトラウマを無理やり脳内に流し込まれる感覚。防御魔法では防げない、心の隙間を突く攻撃だ。
「ハハハハ! どうです? これが人間が抱える闇の重さです! Sランクといえど、心を持っていれば逃れられない!」
イズマイルが高笑いしながら近づいてくる。 アリアとミリスは幻覚に囚われ、戦闘不能。
だが。
「……重いな」 俺は脂汗を流しながらも、倒れることなく立ち続けた。
「ほう? まだ自我を保っていますか」
「確かに気分は最悪だ。だが……」 俺は『王家の鍵』を強く握りしめた。
「俺は知ってるんだよ。もっと重くて、冷たい絶望をな」
かつて、仲間だと思っていた連中に裏切られ、暗い洞窟の底に置き去りにされたあの日。 あの時感じた孤独と絶望に比べれば、他人の絶望などノイズに過ぎない。 そして何より、今の俺には――。
「レン……!」 蹲りながらも、俺の名を呼ぶ二人の声が聞こえる。
「守るべき仲間がいる。……お前の安っぽいお化け屋敷じゃ、俺の心は折れない」
俺は一歩踏み出し、鍵をイズマイルに向けた。
「精神攻撃の時間だ、ヤブ医者。その歪んだ治療法、俺が『廃止』にしてやる」
教団の闇、審問官イズマイルとの精神をかけた戦いが始まる。




