白亜の関所と、笑顔の検問
帝都ガレリアを出発して五日。 荒涼とした荒野と、煤煙に汚れた空はいつの間にか姿を消していた。
「……ねえレン。なんか、空気が綺麗すぎない?」 街道を歩きながら、アリアがキョロキョロと周囲を見回す。
その言葉通りだった。 今の俺たちの周りには、色鮮やかな花々が咲き乱れ、木々は瑞々しい緑を湛えている。空は雲ひとつない快晴で、小鳥のさえずりが聞こえる。 まるで絵本の中の世界だ。
「……ん。不自然。虫が一匹もいない」 ミリスが鋭い指摘をする。 そう、この美しさは管理されたものだ。雑草一本、虫一匹に至るまで、何者かの意思によってコントロールされているような人工的な自然。
「ここから先は『聖域』だからな」 俺は前方を指差した。
街道の先、二つの小高い丘の間に、巨大な城壁が聳え立っていた。 帝国の黒鉄の壁とは対照的な、純白の大理石で作られた壁。そして、その中央には威圧的なまでに巨大な門が構えている。
聖都エデンへと続く唯一の陸路――『天国の門』だ。
「うわぁ……真っ白。目がチカチカするわ」 「あの門を抜ければ、教団の直轄領だ。気合を入れろよ」
俺たちは警戒レベルを引き上げ、関所へと近づいた。 門の前には長い行列ができていた。巡礼者や商人たちが、検問を受けるために並んでいるのだ。
「幸福を。神の愛は貴方と共に」 「はい、幸福を。今日も素晴らしい光ですね」
聞こえてくる会話が、すでに異様だった。 並んでいる人々も、検問を行っている白装束の衛兵たちも、全員が貼り付けたような満面の笑みを浮かべている。 怒号も、苛立ちも、疲労の色もない。ただ、穏やかで不気味な幸福感だけが漂っている。
「……気持ち悪っ」 アリアが小声で呟く。「なにあの笑顔? 顔の筋肉、固定されてるんじゃないの?」
「シッ。変に目立つな」 俺たちはフードを深く被り、列に並んだ。
やがて、俺たちの順番が回ってきた。 衛兵の男が、能面のような笑顔で俺たちを迎える。
「ようこそ、迷える子羊たちよ。聖都への入国を希望されますか?」
「ああ。巡礼の旅だ」 俺が短く答えると、衛兵は頷き、手元にある水晶のような装置を指差した。
「では、『魂の審査』を行います。この『真実の水晶』に手を触れてください。心に曇りがなければ白く、邪な考えがあれば黒く染まります」
「……へぇ」 俺は眉をひそめた。 ただの嘘発見器じゃない。魔力波長と精神状態を読み取る魔導具だ。 俺は『王家の鍵』の所持者であり、帝国の皇帝を倒したばかり。さらに言えば、教団にとって最大の敵だ。 普通に触れば、黒どころか真っ赤に染まって警報が鳴り響くだろう。
「どうなさいました? さあ、手を」 衛兵の目が、笑ったままスッと細められた。
「わかったよ」 俺は素直に手を伸ばした。 だが、水晶に触れるコンマ一秒前。
「『状態固定』――色彩・純白」
俺は水晶の分子構造に干渉し、光の透過率と反射率を『白く見える状態』に完全固定した。
パァァァッ……。 俺が触れた瞬間、水晶は眩いばかりの純白の光を放った。
「おぉ……! なんと素晴らしい!」 衛兵が感嘆の声を上げる。「これほど純粋な魂の輝きは見たことがありません! 貴方こそ、真に敬虔な信徒だ!」
「そりゃどうも」 俺は心の中で舌を出した。中身は真っ黒かもしれないけどな。
「次は君だ」 俺はアリアに目配せをした。 アリアが恐る恐る手を触れると、俺は遠隔で水晶の状態を『固定』し続ける。 当然、結果は純白。ミリスも同様だ。
「素晴らしい……。貴方たちのような清らかな魂を迎え入れられるとは、聖都の喜びです」 衛兵は深々と頭を下げ、通行許可証となる白いペンダントを渡してきた。
「では、通りなさい。――永遠の楽園、エデンへ」
ギギギギ……と音を立てて、巨大な白亜の門が開く。 その向こうから溢れ出すのは、お香のような甘い香りと、荘厳な賛美歌の調べ。
「入れたわね……」 門をくぐりながら、アリアが安堵の息を吐く。 「でも、あいつら本当に何も疑ってなかったわよ。レンの『固定』って、詐欺師の才能あるんじゃない?」
「人聞きが悪いな。平和的解決と言ってくれ」 俺は苦笑したが、その目は笑っていなかった。
門の向こうに広がる景色。 そこは、帝国とは真逆のベクトルで「狂った」世界だった。
白一色で統一された美しい街並み。 道を行き交う人々は皆、同じ服を着て、同じ笑顔で、同じ方向に歩いている。 喧嘩もなければ、貧困もない。 だが、そこには「自由意志」というものが欠落しているように見えた。
「……ん。人形の国」 ミリスがポツリと漏らす。
「ああ。ここが『白の教団』の本拠地……そして、世界の終わりの始まりの場所だ」
俺たちはペンダントを握りしめ、美しくも不気味な聖都の大通りへと足を踏み出した。




