暴走する虚無と、世界の修理屋
『バ、バカな……! 余は皇帝だぞ! 神に選ばれし進化の頂点だぞ!』
片腕を失い、実体化させられたガリウス皇帝が、壊れた玩具のように叫び声を上げた。 アリアの炎とミリスの氷による集中砲火を受け、その鋼鉄の巨体はすでにボロボロだ。装甲は剥がれ落ち、内部の機械が火花を散らして露出している。
『認めん……認めんぞォォッ! 余が、このような冒険者風情に屈するなど!』
皇帝の胸部にある紫色のコアが、ドクンッ! と不快な音を立てて収縮した。 次の瞬間、コアから溢れ出した黒い光が、皇帝自身の肉体を内側から侵食し始めた。
「グアァァァッ!? ち、力が……止まらん!? 虚無が、余を食っている!?」
「制御できてなかったんだよ、最初から」 俺は冷静に見据えた。「お前は力を利用しているつもりだったが、実際は『虚無』という寄生虫に巣を提供していただけだ」
『黙れェェェッ! ならば、道連れだ! この帝都ごと、次元の彼方へ消滅してくれるわ!』
皇帝が絶叫すると、その体は形を保てなくなり、巨大な「黒い太陽」のようなエネルギーの塊へと変貌した。 凄まじい重力が発生し、謁見の間の瓦礫や、壁、天井までもがボロボロと崩れて黒い球体へと吸い込まれていく。
「きゃあっ!?」 アリアが床に剣を突き立てて耐える。 「吸い込まれる……! レン、これヤバいって! 自爆する気よ!」
「……ん。空間が歪んで、世界の穴が広がる」 ミリスも必死に氷の壁を作って耐えているが、その氷さえもメリメリと剥がされていく。
このまま爆発すれば、帝都ガレリアは地図から消える。 それだけじゃない。ここで開いた巨大な大穴が引き金となって、世界中の亀裂が一気に連鎖崩壊を起こす危険がある。
「……やれやれ。手のかかる客だ」
俺は『王家の鍵』を握り直し、二人に向かって背中で合図した。
「アリア、ミリス。そこを動くなよ。絶対に離すな」 「レン!? 何する気!?」
俺は答えず、暴れ狂う重力の嵐の中へ、一歩足を踏み入れた。 強烈な吸引力が俺を襲うが、俺は足元の空間座標を『固定』し、一歩ずつ確実に階段を登っていく。
目の前には、全てを飲み込もうとする破滅の黒い太陽。
『死ね! 消えろ! 無に帰すがいい!』 嵐の中から、皇帝の怨嗟の声が響く。
「断る。俺はまだ、やりたいことが残ってるんでね」
俺は黒い球体の目前まで迫った。 皮膚がチリチリと焼けるような感覚。空間が悲鳴を上げている。 普通なら触れることすらできないエネルギーの塊。
だが、俺には「鍵」がある。 そして、この世界を構成するプログラム(物理法則)へのアクセス権がある。
「お前のその力は『エラー』だ。バグったデータは、削除するに限る」
俺は鍵を黒い球体の中心――かつて皇帝のコアだった部分に突き刺した。
「『事象固定』――システム修復!」
カチリ。 鍵が回る音が、暴風の中で鮮明に響いた。
瞬間、俺の手から眩い青白い光が奔流となって溢れ出し、黒い闇を内側から塗り潰していった。 破壊のエネルギーを、強制的に「無害な魔素」へと変換・固定する。 空間の歪みを、正しい座標へと縫い合わせる。
『バ、バカな……! 余の虚無が、浄化されていく……!? 貴様、何をしたァァッ!?』
「言ったろ。俺は『修理屋』だ」
俺は鍵をさらに深くねじ込んだ。
「アンインストール完了だ。消えな、皇帝」
パァァァァァァァンッ!!
世界が白く染まった。 黒い太陽は弾け飛び、光の粒子となって霧散した。 重力が消え、轟音が止み、静寂が戻ってくる。
謁見の間は半壊し、天井からは青空が見えていた。 その光の下、玉座の前には、一人の老人が倒れていた。 機械の体は砕け散り、残ったのは皺だらけの生身の老人――ガリウス皇帝の本体だ。
「う……うぅ……。余の力が……帝国が……」 皇帝は震える手で虚空を掴もうとしたが、力なくその場に突っ伏した。
「終わったわね」 アリアが剣を納め、ふらつきながら近づいてきた。 「本当に、無茶苦茶なんだから……」
「……ん。心臓に悪い」 ミリスも杖をついてため息をつく。
「悪い悪い。でも、これで帝国の暴走は止まる」 俺は二人を見て笑った。
その時、壊れたモニターの一つにノイズが走り、奇妙な映像が映し出された。 それは白いローブを纏った人物のシルエットだった。
『――見事ですね、Sランク冒険者レン』
穏やかで、しかし絶対的な冷たさを秘めた声。
「……誰だ?」
『私は教皇。この世界の真理を求む者です。 ガリウス皇帝は所詮、私の実験の捨て石に過ぎませんでしたが……貴方のデータは十分に取れました』
教皇。 『白の教団』の頂点であり、全ての黒幕。
『貴方の持つ「鍵」、そして「固定」の力。それは我々が目指す「新世界」の扉を開くために必要なもの。 楽しみにお待ちしていますよ。世界の中心、聖都「エデン」にて』
プツン。 映像が消えた。
「……聖都エデン」 俺は『王家の鍵』を強く握りしめた。 帝国との戦いは終わった。 だが、それは本当の敵との戦いの幕開けに過ぎなかった。
俺たちは廃墟となった帝城の頂で、遥か東の空――教団の本拠地がある方角を睨み据えた。




