相対速度の処刑台
「オラオラオラァッ! 潰れろォォッ!」
No.08(エイト)のパイルバンカーが唸りを上げ、列車の屋根をバターのように抉り取っていく。 時速三百キロを超える暴風の中、巨体が砲弾のように跳ね回り、俺たちを追い詰めてくる。
「きゃあっ!?」 アリアが悲鳴を上げて体勢を崩す。 風圧で足元がおぼつかない中、エイトの衝撃波が彼女を吹き飛ばそうとしたのだ。
「『固定』――足場確保!」 俺はアリアの背中を空中に固定し、落下を防ぐ。
「サンキュ、レン! でも、あいつタフすぎない!? 斬っても焼いても、すぐに傷が塞がっちゃう!」 アリアが悔しそうに叫ぶ。 その通りだ。さっきアリアの炎斬がエイトの肩を深々と切り裂いたが、傷口から黒い蒸気が噴き出したかと思うと、数秒で肉が盛り上がって再生してしまった。 『虚無』のエネルギーによる超再生。持久戦になれば、こちらが不利だ。
「……ん。凍らせても、内側からの熱で溶かされる」 ミリスの氷魔法も、エイトの過剰な生体エネルギーの前では決定打にならない。
「ガハハハハ! 無駄だと言ったろう! 俺は無敵だ! 貴様らが疲弊して動けなくなるまで、何度でも殴り続けてやる!」
エイトが勝ち誇ったように笑い、再び突進の構えを取る。 右腕のパイルバンカーに、これまで以上のどす黒い魔力が収束していく。
「これで終わりだ! 列車ごと消し飛べ! 『虚空粉砕撃』ォォッ!」
エイトが跳んだ。 回避不可能な速度。そして、直撃すれば列車すら脱線させる威力。 まともに受ければ全滅。避ければ列車が破壊されて脱線事故で全滅。
――だが、俺はこの瞬間を待っていた。
「アリア、ミリス! 伏せろ!」 俺は叫ぶと同時に、一歩前へ踏み出した。
「馬鹿め! また障壁か? 何度やっても叩き割るだけだぁぁッ!」 エイトの拳が、俺の顔面めがけて迫る。
俺は障壁を張らなかった。 防御もしなかった。 ただ、エイトの右腕が伸びきった瞬間、その手首の周りの空間を鷲掴みにした。
「捕まえたぞ」
「あ?」
俺は静かに告げた。
「『空間固定』――絶対座標ロック」
俺はエイトの右腕を、列車に対してではなく、地球の座標に対して完全に固定した。
その意味を、エイトが理解する時間はなかった。
バギィィィィィンッ!!
凄まじい衝撃音が響いた。 エイトの右腕だけが、その場の空中に「置き去り」にされたのだ。 列車は時速三百キロで前進している。 当然、列車の上にいるエイトの本体も前進しようとする。 だが、右腕だけがその場に止まっている。
結果――。
「ぎゃああああああああああああッ!!??」
エイトの右腕が、肩の付け根から無理やり引きちぎられた。 再生能力など関係ない。物理的な速度差による強制切断だ。 鮮血とオイルを撒き散らしながら、エイトの本体がバランスを崩して後方へ転がる。
「な、なんだ!? 俺の腕が……腕がァァァッ!?」
屋根の上を転がりながら、エイトが絶叫する。 俺は追撃の手を緩めない。
「まだだ。お前自身も、ここで降りてもらうぞ」
俺は転がるエイトの胴体に向けて、もう一度『固定』を発動した。 今度は、奴の全身をその場の空間に縫い付ける。
「『空間固定』――強制下車」
ドォォンッ!!
空中に固定されたエイトの巨体に、猛スピードで進む列車の「最後尾の車両」などが次々と激突する……ことはなかった。 彼は空中に縫い留められたまま、あっという間に後方へとカッ飛んでいったのだ。 いや、俺たちが遠ざかっただけだ。彼はあそこで、空中に張り付けになったまま、一生動けない案山子になる。
「……あばよ、兄弟」
数秒後、彼方で小さな爆発光が見えた。 再生が追いつかず、虚無エネルギーが暴走して自壊したのだろう。
「す、すご……。自分の腕とサヨナラさせちゃった……」 アリアが呆然と呟く。
「……ん。物理法則、怖い。レンを敵に回したくない」 ミリスがブルリと震えた。
「さて、邪魔者は消えた」 俺は風に乱れた髪を直しながら、前方を指差した。
「見えてきたぞ。あれが……」
荒野の地平線の向こう。 夕日に染まる空の下に、黒い城壁と無数の煙突が林立する巨大都市が姿を現した。 機械と蒸気、そして軍靴の音が支配する鉄の都。
ガレリア帝国の帝都、『ガレリア』だ。
「ブレーキをかけるぞ! このまま突っ込んだら大惨事だ!」
俺たちは運転席へ戻り、動力炉を強制停止させた。 キキーーーッ! 激しい金属音とともに火花が散り、魔導列車は帝都の巨大な城門の目と鼻の先で、ようやく停止した。
プシュー……。 蒸気が抜ける音とともに、静寂が訪れる。
だが、それは嵐の前の静けさだった。 城壁の上には、すでに無数の帝国兵と機工魔人が銃口を向けて待ち構えていたからだ。
「ようこそ、帝都へ」 城門のスピーカーから、冷徹な声が響いた。 「まさか『特急』で乗り込んでくるとはな。……歓迎しよう、Sランク『銀翼』」
俺はニヤリと笑い、デッキの上に立った。 ここからが本番だ。 帝国の闇を暴き、世界を蝕む『虚無』の根源を断つための戦いが始まる。




