偽りの奇跡と、鋼鉄のスクラップ
「排除せよ! 神に仇なす異端者どもを!」
司教の金切り声を合図に、広場を包囲していた十体の『機工魔人』が一斉に動き出した。 無機質な一つ目が赤く明滅し、腕部に内蔵された魔導ガトリング砲が回転を始める。
ダダダダダダッ!!
轟音とともに、魔力を帯びた鉛の弾丸が暴風雨のように俺たちへと降り注ぐ。 普通の人間なら、一秒で蜂の巣だ。
「キャハハッ! 遅い遅い!」
だが、その弾幕の中を、紅の疾風が駆け抜けた。 アリアだ。 彼女は身体強化で加速し、弾丸を紙一重で回避しながら肉薄する。
「その装甲、自慢らしいけど――私の新しい剣(相棒)の切れ味、試させてもらうわよ!」
アリアが真横に剣を薙ぐ。 『状態固定・絶対硬度』を付与された剣は、物理法則を無視した鋭さで鋼鉄の装甲に食い込んだ。 ズパァァァンッ!!
豆腐か何かのように、機工魔人の胴体が上下に切断された。 断面から魔導蒸気が噴き出し、巨体が火花を散らして崩れ落ちる。
「うそ……!? 最新鋭の重装甲型が一撃だと!?」 司教が目を剥く。
「……ん。私も負けてない」
ミリスが杖を振るうと、地面から巨大な氷の柱が突き出した。 それは攻撃ではなく「遮蔽物」だ。敵の射線を塞ぎ、死角を作る。 機工魔人たちが標的を見失い、首を巡らせた瞬間。
「『凍結』」
ミリスが指を鳴らすと、機工魔人の関節部分――歯車やピストンが集まる駆動部だけが、ピンポイントでカチンコチンに凍りついた。 ギギ、ガガガ……! 無理に動こうとした機械兵たちの内部でギアが砕け、次々と機能停止していく。
「バ、バカな……! たった二人で一個小隊を圧倒するだと!?」
「よそ見してる場合か?」
俺はいつの間にか、処刑台の上にいる司教の背後に立っていた。
「ひぃッ!?」 司教が腰を抜かして振り返る。
「お前たちが使っているその機械兵。動力炉の構造が雑なんだよ。ちょっと『固定』してやるだけで暴発する」
俺は広場に残っていた数体の機工魔人に視線を向けた。 魔力を供給するパイプ内の圧力を『固定』し、逃げ場をなくす。
ドォン、ドォォン!! 内側から爆発が起き、残りの機工魔人たちも黒煙を上げて沈黙した。 戦闘開始から、わずか三分。 帝国の誇る最新兵器は、ただの鉄屑の山へと変わった。
「ば、化け物……! 貴様らこそ悪魔だ!」 司教が泡を飛ばして叫ぶ。「民衆よ! 見たか、この暴力を! こやつらは神聖な処刑を邪魔し、街を破壊した大罪人だ!」
広場の市民たちが、怯えた目で俺たちを見る。 長年の洗脳は深く、彼らはまだ「教団=正義」という図式から抜け出せていない。
「……やれやれ。言葉で言っても無駄か」
俺は処刑台の裏側――教会の壁に隠されるように設置されていた、奇妙な黒い装置へと歩み寄った。 高さ2メートルほどのオベリスクのような装置。そこから、不快な低周波と『虚無』の魔力が漏れ出している。
「こいつが『歪み』の原因だろ?」
「さ、触るな! それは聖なる結界を維持するための……」
「嘘をつけ」 俺は『王家の鍵』の柄で、装置を思い切り殴りつけた。
ガシャァァァン!!
外装が砕け、中からどす黒い紫色の結晶が露出した。 その瞬間、装置が暴走し、周囲の空間にヒビが入り始めた。 空が割れ、そこから小型の虚無獣が顔を覗かせる。
「キャァァァッ!?」 「ま、魔物だ! 装置の中から魔物が!」 市民たちが悲鳴を上げる。
「見ろ。これが『奇跡』の正体だ」 俺は拡声魔法で広場全体に声を響かせた。
「こいつらはこの装置を使って、意図的に空間を歪めていたんだ。魔物を呼び出し、それを『魔女のせい』にして処刑する……自作自演のマッチポンプだ」
俺は露出した紫色の結晶を掴み取った。 強烈な呪いの波動が手に伝わるが、俺の魔力でねじ伏せる。
「『事象固定』――機能停止」
バキィッ! 俺が結晶を握り潰すと、空間の亀裂は嘘のように修復され、顔を出しかけていた魔物も消滅した。 同時に、街を覆っていたどんよりとした重苦しい空気が晴れ、本来の澄んだ青空が戻ってくる。
「あ……空が……」 「空気が、軽くなった?」 「じゃあ、あの旅人の言っていることが本当なのか……?」
市民たちが顔を見合わせ、ざわめきが広がる。 そして、その疑いの目は、次第に司教へと向けられていった。
「ち、違う! 私は知らん! これは帝国の……そう、帝国が勝手に設置したもので……!」
司教が後ずさり、言い逃れようとした時。
「――見苦しいぞ、ボルマン司教」
冷徹な声が響いた。 瓦礫となった機工魔人の残骸。その陰から、一人の男がゆっくりと姿を現した。
帝国の軍服を着ているが、その片目は機械義眼になっており、背中には巨大な魔導ライフルを背負っている。 ただの兵士ではない。Sランクに近い、歴戦の猛者の気配だ。
「帝国の将校か」 俺は警戒し、アリアたちに目配せをした。
「いかにも。ガレリア帝国第3機甲師団長、ヴァルターだ」 男は軍靴を鳴らして進み出ると、震える司教を一瞥もしないまま、腰の拳銃を抜いた。
ズドンッ。
乾いた音が響き、司教が眉間を撃ち抜かれて倒れた。
「ひっ……!?」 市民たちが悲鳴を上げる。
「任務に失敗し、あまつさえ機密を漏らそうとする無能はいらん」 ヴァルターは煙る銃口を吹き、俺の方を向いた。
「『銀翼』のレンと言ったな。……貴様のデータは収集させてもらった。我ら帝国の『大義』の邪魔をするなら、次は師団総出で潰す」
彼は懐から転移結晶を取り出すと、不敵な笑みを残して光の中に消えた。
「……逃げ足の速い奴らだ」 俺は舌打ちしたが、今は深追いはできない。
俺は処刑台に縛られたまま気絶している少女の縄を解いた。 少女は弱々しく目を開け、俺を見た。
「……てん、し様……?」
「いいや。ただの通りすがりの冒険者だ」 俺は優しく笑いかけ、彼女を抱き上げた。
広場の市民たちは、もう誰も俺たちを悪魔だとは言わなかった。 呆然とした沈黙の中で、ただ「本物の英雄」を見る目で、俺たちを見送っていた。
だが、俺の胸中は穏やかではなかった。 教団と帝国。 二つの巨大な組織が、明確に手を結んでいる。そしてその目的は『虚無』の制御と利用。 世界は俺が思っていた以上に、深く病んでいるのかもしれない。




