白き教義と黒鉄の盟約
港町ベルードでの一件を解決した俺たちは、再び旅路についていた。 次なる目的地は、大陸中央部に位置する山岳地帯。そこに、『白の教団』の拠点の一つがあるという情報を掴んだからだ。
「はぁ……。結局、カニ食べられなかったわね」 街道を歩きながら、アリアが恨めしそうに呟く。 「……ん。でも、船長さんから貰った『干しイカ』は美味しかった」 ミリスは口にイカを咥え、モグモグと噛み締めながら歩いている。
「文句言うなよ。あの港は復興で手一杯だったんだ。贅沢言ってる場合じゃないだろ」 俺は苦笑しつつ、地図を確認した。
現在地は、レグルス王国とガレリア帝国の緩衝地帯にある中立都市『グラストヘイム』。 古くから信仰の街として栄え、教会の権力が領主よりも強いと言われる場所だ。
「……ねえ、レン。なんか変じゃない?」 街の入り口に差し掛かった時、アリアが声を潜めた。
「ああ。静かすぎる」 俺も違和感を抱いていた。 そこそこ大きな街のはずなのに、活気というものがまるで感じられない。 道ゆく人々は皆、白い衣服を身に纏い、俯き加減で歩いている。子供たちの笑い声もなく、聞こえてくるのは風の音と、どこかの教会から響く鐘の音だけ。
「それに、あの兵士たち……」 俺は街門を守る衛兵の姿を見て、目を細めた。
白い鎧を着た教団の聖騎士。 そしてその隣に、無機質な赤光を放つ一つ目の巨人が立っていた。
「帝国の『機工魔人』……!?」 アリアが小声で叫ぶ。「どうして教団の街に帝国の兵器がいるのよ? 教団は『機械文明は穢れだ』って否定してたんじゃなかったの?」
「……表向きはな」 俺は舌打ちした。 オルト要塞での戦い、そしてベルードの港での生物兵器。 点と点が線で繋がっていく。
「教団と帝国は、裏で手を組んでいる。……いや、『虚無』を利用するという目的で一致しているのかもしれない」
俺たちはフードを深く被り、目立たないように街の中へと潜入した。
◇
街の中央広場には、大勢の人だかりができていた。 だが、それは祭りや市場の賑わいではない。 重苦しい沈黙と、狂信的な熱気が混ざり合った異様な雰囲気だ。
「罪深き子羊よ! その体に宿りし『黒き穢れ』を悔い改めよ!」
広場の中央に組まれた処刑台の上で、恰幅のいい司教が大声を張り上げていた。 その足元には、ボロボロの服を着た一人の少女が引きずり出されている。 少女は泣き叫ぶ気力もないのか、虚ろな目で震えていた。
「見よ、市民たちよ! この娘は、禁じられた魔法を使い、空間にヒビを入れた魔女である! これこそが、世界を滅ぼす悪魔の予兆なのだ!」
司教が叫ぶと、市民たちが「おお……」「浄化を!」「悪魔を殺せ!」と口々に叫び始める。
「……嘘ね」 ミリスが冷たく言い放った。「あの子から魔力なんてほとんど感じない。ただの栄養失調の子供」
「ああ。むしろ、空間を歪めているのは……」 俺の『空間把握』は捉えていた。 処刑台の裏、教会の陰に設置された奇妙な装置。そこから微弱な『虚無』の波動が流れ出し、意図的に空間を不安定にさせているのだ。
マッチポンプだ。 自分たちで歪みを作り出し、それを無実の誰かのせいにして処刑する。そうやって恐怖による支配を強めているんだ。
「さあ、帝国より供与されし『聖なる鉄槌』をもって、穢れを断ち切らん!」
司教の合図とともに、処刑台の横に控えていた機工魔人が動き出した。 その巨大な鋼鉄の腕が持ち上がり、少女の華奢な首に向けて振り下ろされようとする。
「ひっ……お母、さん……」 少女が絶望に目を閉じた。
「……アリア、ミリス」 俺はフードを脱ぎ捨てた。
「合図はいらないわよ、リーダー」 「ん。いつでもいける」 二人が即座に武器を構える。
鋼鉄の拳が、少女を押し潰すべく落下した――その瞬間。
「『空間固定』――座標停止」
ガギィッ!!
不快な金属音が響き、機工魔人の腕が空中でピタリと止まった。 まるで透明な壁にぶつかったかのように、少女の頭上数センチで凝固している。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」 司教が狼狽する。
「機械の調子が悪いんじゃないか? 油でも差したらどうだ」
俺は悠然と人混みをかき分け、広場の中央へと歩み出た。 背後には、炎の剣を担いだアリアと、氷の冷気を纏ったミリスが続く。
「き、貴様らは何者だ! 神聖な儀式を邪魔するつもりか!」
「神聖? 笑わせるな」 俺は処刑台に飛び乗ると、機工魔人の足を『固定』して転倒させた。 ズシィン! と巨大な鉄塊が倒れ、広場が揺れる。
「自分たちで火をつけておいて、『火事だ』と騒ぐ放火魔の集まりが。……その薄汚い茶番、Sランク『銀翼』が強制終了させてやるよ」
俺が宣言すると同時に、市民たちの間に動揺が走る。 「Sランク?」「銀翼って、あの……」「王都の英雄か!?」
司教の顔が、恐怖と憎悪で赤黒く歪んだ。
「殺せ! こやつらも悪魔の手先だ! 機工兵隊、かかれぇぇッ!」
広場の四隅から、待機していた十数体の機工魔人が一斉に起動音を上げ、俺たちに狙いを定めた。
「やれやれ。港の時より数は多いけど……」 俺は『王家の鍵』を取り出し、カチャリと回した。
「俺たちにとっては、ただのスクラップの山だ」
白き狂信の街で、鋼鉄の軍団との乱戦が幕を開ける。




