世界の修理屋と、消える海
「「「『銀翼』万歳!! 救国の英雄に敬礼ッ!!」」」
オルト要塞を去る時、その見送りは壮絶なものだった。 守備隊長をはじめ、数千人の兵士たちが整列し、割れんばかりの声援と敬礼を送ってくるのだ。
「あー……。なんというか、こそばゆいな」 馬車――ではなく、徒歩で城門を出た俺は、照れ臭さで頬を掻いた。
「いいじゃない! 私、こういうの嫌いじゃないわよ!」 アリアは満更でもなさそうに手を振り返している。 「Sランク様のお通りよー! ……ってね。へへっ」
「……ん。アリア、調子に乗りすぎ。足元見てない」 ミリスが冷静に突っ込むが、彼女も少し嬉しそうだ。
俺たちは馬車を置いてきた。 俺の『亜空間倉庫』があれば、野営道具も食料も水も、全て手ぶらで持ち運べる。移動速度を重視するなら、強化した身体能力で走った方が速いからだ。
「さて、次の目的地だけど」 俺は歩きながら地図を広げた。 ギルドから共有された情報によれば、現在確認されている中で最も魔力反応が強い「亀裂」は、ここから南へ下った場所にある。
「港湾都市『ベルード』。大陸有数の貿易港だ」
「港町!?」 アリアが食いついた。「ってことは、海鮮!? 魚!? カニ!?」 「……ん。海。見てみたい」 内陸育ちの二人のテンションが一気に上がる。
「観光気分で行くわけじゃないぞ」 俺は釘を刺しつつ、地図上のベルード周辺に引かれた赤いバツ印を見つめた。 「報告によると、ベルード沖の海域で『船が神隠しに遭う』事件が多発しているらしい。……十中八九、空間の歪みが原因だ」
「神隠し……。嫌な響きね」 アリアが身震いする。
「急ごう。被害が広がる前に」
◇
俺たちは身体強化魔法と『移動補助固定(慣性を利用した高速移動)』を駆使し、通常なら馬車で五日かかる道のりを、わずか一日で踏破した。
夕暮れ時。 潮の香りが鼻をくすぐり、視界が開ける。 目の前には、水平線まで広がる大海原――があるはずだった。
「……ねえ、レン」 アリアが呆然とした声で呟く。「海って、あんなのだっけ?」
「……違うな」 俺もまた、絶句していた。
港湾都市ベルードの港から見える景色。 そこにある海は、まるで壊れたジグソーパズルのようだった。
海面の一部が、四角く切り取られたように陥没している。 別の場所では、海水が滝のように空へ向かって逆流している。 遠くの水平線に至っては、景色がバグったようにモザイク状に明滅していた。
「空間が……ズタズタだ」 俺は『空間把握』のスキルを発動し、頭痛を覚えた。 この一帯の空間座標が、めちゃくちゃに書き換えられている。北の氷河や、国境の亀裂よりも深刻だ。
「おい! そこの旅人! 港に近づくな!」 警備兵が血相を変えて走ってきた。「今は非常事態宣言中だ! 海には近づ……」
警備兵は俺たちの胸元にある『金色の翼』の紋章――Sランクパーティ『銀翼』の証を見て、言葉を詰まらせた。
「そ、その紋章は……まさか、王都から来たというSランクの方々ですか!?」 「ああ。ギルドの要請で来た。『銀翼』のレンだ」
「おぉ……! 神よ! お待ちしておりました!」 警備兵は泣きつきそうな勢いで俺の手を握った。
「どうか助けてください! 先ほど、定期船が『歪みの海』から戻ってきたのですが……様子がおかしいのです!」
俺たちは警備兵に案内され、港の桟橋へと走った。 そこには、一隻の大型商船が停泊していた。 だが、その姿は異様だった。
「ひっ……」 アリアが口元を押さえる。
船の船首から中央にかけて、何もなかった。 破壊されたのではない。 まるで、巨大な消しゴムで存在を消されたかのように、断面がツルリとした鏡面になって消失しているのだ。 本来なら浸水して沈没するはずだが、その断面には奇妙な紫色の幕が張り付き、海水の侵入を防いでいる。
「中の船員たちは!?」 俺が叫ぶと、現場監督らしき男が首を振った。
「……ダメです。船の後部にいた数名は無事ですが、前部にいた船長や客たちは……『消えて』います。船体と一緒に」
俺は船に飛び乗った。 断面に近づき、手をかざす。 紫色の幕の向こう側から、強烈な『虚無』の気配を感じる。
「……空間転移じゃない。空間ごと『食われた』んだ」
俺は歯噛みした。 No.13が使っていた『空間侵食』と同じ現象。だが、これは自然発生(あるいは暴走)したものだ。
「レン、どうする? これ、直せる?」 アリアが不安そうに尋ねる。
「……やってみる。だが、空の穴を塞ぐのとは訳が違うぞ」
俺は海の方を向いた。 この船を食った『元凶』は、あの狂った海のどこかに潜んでいる。
「ミリス、海面を凍らせて足場を作れるか?」 「ん。広範囲は無理だけど、道を作るくらいなら」
「よし。行くぞ」 俺は覚悟を決めた。
「この海は今、世界から剥がれ落ちそうになっている。――俺たちが、釘を打ち直すんだ」
夕闇が迫る不気味な海へ、俺たち『世界の修理屋』は足を踏み出した。




