偽りの王権、本物の定義
「かはっ……! あ、が……ッ!」
瓦礫の中で、No.13(サーティーン)が身をよじらせていた。 レンの一撃は、ただの投げ技ではない。地面に叩きつけられた瞬間の衝撃ベクトルを『固定』し、逃げ場のない破壊エネルギーとして体内に浸透させたのだ。 普通の人間なら、全身の骨が砕けて即死している。
「……痛い、痛いなぁ。ボクの身体は強化魔導骨格なのに、軋んでるよ」
サーティーンがふらりと立ち上がる。 その口元からは血が流れているが、それ以上に異様なのは、彼の皮膚の一部が剥がれ、その下から無機質な黒い金属光沢が覗いていることだった。
「やっぱり、君は『オリジナル』だ。ボクらみたいな模造品とは、根本の出力が違う」
「模造品……」 レンは眉をひそめた。「お前、その体は……」
「帝国が回収した『始祖の遺体』の細胞と、機工技術のハイブリッドさ。空間魔法に耐えうる肉体を作るには、これしかなかったんだって」
サーティーンは、壊れた玩具のように歪んだ笑みを浮かべた。 その瞳から、理性の光が消え、狂気的な色が濃くなる。
「でもさ、出力で負けてても、使いようで勝てるって博士が言ってたよ。……この『亀裂』のエネルギーを使えばね!」
彼が両手を掲げると、戦場に残っていた空間の歪み――虚無のエネルギーが、彼のもとへ渦を巻いて集まり始めた。 紫色の稲妻が走り、サーティーンの背後に巨大な「黒い穴」が形成される。
「『空間侵食』! この一帯の空間ごと、君を次元の彼方へ吹き飛ばしてあげるよ!」
暴走に近い魔力放出。 周囲の大気が悲鳴を上げ、地面がめくれ上がって黒い穴へと吸い込まれていく。 制御を無視した自爆特攻だ。
「レン! あれはヤバい!」 城壁の上でアリアが叫ぶ。
だが、レンは動かなかった。 ただ哀れむような目で、暴走する少年を見つめていた。
「……空間は、破壊するためのものじゃない」
レンが懐から『王家の鍵』を取り出す。 鍵が、主の怒りに呼応するように青白く輝いた。
「空間とは、世界を在るべき形に保つ『器』だ。それを無理やりねじ切ろうとすれば、どうなるか……教えてやる」
レンは鍵を前方に突き出し、静かに宣言した。
「『空間固定』――定義・初期化」
カチリ。 鍵が回る音が、轟音轟く戦場に奇妙なほど澄んで響いた。
次の瞬間。 サーティーンが集めていた莫大な虚無エネルギーが、ピタリと動きを止めた。 いや、止まったのではない。 まるで最初からそこになかったかのように、空間の歪みが「正常な状態」へと上書きされたのだ。
「え……?」 サーティーンが呆然と両手を見る。 黒い穴も、紫の稲妻も、全て消え失せている。そこにあるのは、ただの青空と荒野だけ。
「魔力を消したんじゃない。お前が空間を歪めようとする現象そのものを、『起こらなかったこと』として固定した」
レンが一歩踏み出す。
「お前の魔法は、世界を傷つけるだけの暴力だ。だが、俺の魔法は世界を繋ぎ止める『王権』だ。……格が違うんだよ」
「う、うわぁぁぁぁっ!?」
サーティーンが恐怖に顔を歪め、後ずさる。 彼にとって、自分の全力を「なかったこと」にされた絶望は、肉体的な痛みよりも深かった。
「ひ、退却だ! 転送! 緊急転送ッ!」
彼が胸元のペンダントを握り潰すと、幾何学模様の魔法陣が展開された。 それは彼の能力ではなく、あらかじめ設定された脱出装置のようだ。
「覚えてろよ、オリジナル……! ボクはナンバー13、試作機だ! 次はもっと完成度の高い『兄弟』が、必ずキミを殺しに来る……!」
捨て台詞とともに、サーティーンの姿が光の粒子となって消滅した。 レンはあえて追わなかった。転送の座標先が遠すぎて、『固定』が間に合わなかったのもあるが、無理に追えば空間が不安定になり、周囲に被害が出ると判断したからだ。
「……兄弟、か」
レンは『王家の鍵』を握りしめた。 帝国の実験施設には、あんな風に作られた人造の空間使いがまだいるということか。そして彼らは、「虚無」の力を兵器として利用しようとしている。
「レン!」 「リーダー!」
アリアとミリスが、城壁から飛び降りて駆け寄ってきた。 二人の顔を見て、レンはようやく戦闘モードを解き、大きく息を吐いた。
「逃がしちまった。……けど、とりあえずは」
レンは振り返り、歓喜に沸くオルト要塞の兵士たちに手を振った。
「俺たちの勝ちだ」
◇
その日の夜。 国境防衛戦の勝利の報は、瞬く間に王都へと届き、Sランクパーティ『銀翼』の名声は不動のものとなった。
だが、レンたちの表情は晴れなかった。 要塞の一室で、レンは地図を広げていた。そこには、世界各地から報告された「空間の亀裂」の発生地点に赤い印がつけられている。
「……増えてる」 ミリスがポツリと呟く。
「ああ。帝国の動きも気になるが、それ以上にこの『亀裂』が問題だ」 レンは眉間を揉んだ。 「俺たちがここで一つ塞いでいる間に、別の場所で二つ開いているような状況だ。このままじゃ、世界中が穴だらけになる」
「じゃあ、どうするの? 私たち三人で世界中を走り回る?」 アリアが呆れたように言うが、レンは真剣な目で頷いた。
「それしかない。……いや、もっと効率的にやる必要がある」
レンは地図上の赤い印を指でなぞった。
「俺には『亜空間倉庫』があるし、転移魔法の理論もなんとなくわかってきた。各地の亀裂を塞ぎながら、この現象の発生源……元凶を突き止める」
レンは立ち上がり、窓の外の星空を見上げた。
「忙しくなるぞ。俺たちは今日から、世界の『修理屋』だ」
こうして、Sランク昇格早々、レンたち『銀翼』による過酷な世界巡業の旅が幕を開けた。 それは、世界を裏から操る真の黒幕――『白の教皇』のもとへ辿り着くための、長い戦いの始まりでもあった。




