虚飾の空間使い、実験体No.13
「て、敵軍が……後退していくぞ!」 「勝った! 俺たちの勝ちだァァァッ!」
オルト要塞の城壁から、割れんばかりの歓声が上がった。 眼下の荒野では、残存した帝国の機械兵部隊が、蜘蛛の子を散らすように撤退を始めている。 アリアとミリスの猛攻、そしてレンによる「天の亀裂」の修復。この三つの奇跡を目の当たりにして、戦意を維持できる軍隊など存在しない。
「ふぅ……。なんとかなったか」
上空の足場を解除し、レンは城壁の上に降り立った。 ドッと疲れが押し寄せる。 戦闘そのものは一瞬だったが、『王家の鍵』を使った空間修復は、精神力をゴリゴリと削る作業だった。世界という巨大なパズルを、強制的に組み直すようなものだからだ。
「レン! 大丈夫? 顔色が悪いわよ」 アリアが駆け寄ってくる。その手には、まだ熱を帯びた愛剣が握られている。 「……ん。魔力消費が激しい。ポーション飲む?」 ミリスが心配そうに、青い液体の入った小瓶を差し出してきた。
「ありがとう。……でも、まだ安心はできないな」
レンはポーションを受け取りながら、撤退する帝国軍の彼方――砂塵の向こうを睨み据えた。 『空間把握』のセンサーが、奇妙な反応を捉えていた。 撤退する軍勢の流れに逆らって、たった一つだけ、こちらに向かってくる信号がある。
それは人間サイズ。だが、その魔力の「質」は、レンがよく知るものに酷似していた。
「……来るぞ。何か、ヤバい奴が」
レンの警告と同時だった。
ヒュンッ!!
空気を切り裂く音が響き、城壁の隅にあった見張り塔が、音もなくズレた。 爆発も衝撃もなく、塔の上半分が斜めに滑り落ち、轟音を立てて崩壊する。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」 兵士たちがパニックに陥る。
「切断面が……滑らかすぎる」 アリアが瓦礫を見て息を呑む。「私の剣でも、あんな風には斬れない。まるで、そこにあった空間ごと切り離されたような……」
「正解だよ。旧式の観察眼にしては上出来だね」
不意に、すぐ頭上から声が降ってきた。 レンたちがバッと見上げると、何もない空中に、一人の少年が浮いていた。 いや、浮いているのではない。空中に不可視の椅子があるかのように、足を組んで座っているのだ。
「――ッ!?」
レンは息を止めた。 その少年は、レンと同じくらいの年齢。 そして、人工的に染められたような不自然な漆黒の髪と、血のように赤い瞳を持っていた。
「はじめまして、お兄さん。いや、『始祖のサンプル』と呼ぶべきかな?」
少年は薄ら笑いを浮かべ、指先をクルクルと回した。 その指の動きに合わせて、周囲の空間が蜃気楼のように歪む。
「貴様、何者だ!」 守備隊長が剣を抜く。
「名乗るほどの者じゃないけど……ボクは帝国軍特別技術局所属、No.13(サーティーン)。キミのその『呪われた血』を解析して作られた、最高傑作さ」
「No.13……?」 レンが眉をひそめる。「俺の血を解析しただと?」
「そうさ。帝国はずっと欲しがっていたんだよ。世界を書き換える神の力、空間魔法をね。古い遺跡のゴミを漁って、ようやくボクという成功例が完成した」
サーティーンは、まるで新しい玩具を見せびらかす子供のように無邪気に言った。
「ねえ、試させてよ。旧式の『天然物』と、最新の『人工物』。どっちが優れているか」
サーティーンが右手をかざす。 その掌に、黒い球体が生まれた。重力魔法ではない。空間そのものを消滅させる『虚空』の弾丸だ。
「『空間切断』」
放たれた不可視の刃が、レンの首を狙って一直線に迫る。 速い。だが、レンには見えている。
「『空間固定』――障壁!」
レンは眼前に空間の壁を作り出す。 ギィィィンッ!! 空間同士が衝突し、耳障りな高周波音が響き渡った。
「へぇ、ボクの切断を止めるんだ。やっぱり硬いねぇ」 サーティーンは感心したように首を傾げたが、その瞳には残忍な光が宿っている。
「でも、これはどうかな?」
彼がパチンと指を鳴らすと、レンの背後の空間が裂け、そこから別の『切断刃』が出現した。 転移攻撃。
「レン! 後ろ!」 アリアが叫ぶ。
レンは振り向くことなく、背後の空間の時間を『固定』して刃を停止させた。 だが、その隙をついて、サーティーン本人が目の前に転移してきていた。 手には、黒い魔力で形成されたナイフが握られている。
「チェックメイト」
ナイフがレンの心臓へと突き出される。 アリアもミリスも間に合わない。
ガシッ。
しかし、その手首はレンの左手によって掴まれていた。
「……なっ?」 サーティーンが目を見開く。「ボクの転移反応速度についてきた?」
「悪いが、空間の扱いで年季が違うんだよ」 レンの瞳が冷たく光る。「それに、お前の空間魔法……『雑』だぞ」
レンは掴んだ手首を支点に、サーティーンの周囲の空間座標を『固定』。 そのまま、彼をただの物体として地面へと一本背負いで叩きつけた。
ズドォォォンッ!!
城壁の石畳がクレーター状に陥没する。
「がはっ……!?」 サーティーンが血を吐いてバウンドする。
「人工だか何だか知らないが」 レンは倒れた少年に向けて、冷徹に言い放った。 「俺の『固定』は、世界を守るための力だ。お前のような人殺しのために作られた紛い物とは、背負ってる重さが違う」
Sランクの威圧感。 それは、ただの能力バトルを超えた、精神的格差をサーティーンに突きつけた。




