鋼鉄の進撃と、引き裂かれた空
レグルス王国の西端、ガレリア帝国との国境に位置する『オルト要塞』は、地獄の様相を呈していた。
「ひ、怯むな! 矢を放て! 魔法部隊、斉射!」
守備隊長の怒声が飛ぶが、兵士たちの顔には絶望の色が濃い。 城壁の下、荒野を埋め尽くすように迫ってくるのは、人の兵士ではない。
身長3メートルを超える、鋼鉄の巨人たち。 関節部から蒸気と魔力の光を噴き出し、無感情な一つ目を赤く光らせて進軍する機械の軍団――『機工魔人』だ。
キンッ、カンッ!
雨のように降り注ぐ矢は、鋼鉄の装甲に弾かれ、初級魔法の火球などは傷一つつけられない。
「ば、化け物め……! 帝国の技術はここまで進んでいたのか!?」
隊長が歯噛みしたその時、さらなる悪夢が戦場を襲った。
バヂヂヂヂッ!!
戦場の上空、何もない空間に紫色の電光が走った。 ガラスが割れるような音とともに空間に亀裂が走り、そこからドロリとした黒い液体のようなものが滴り落ちる。 それは地面に落ちると、不定形の獣――『虚無獣』へと姿を変え、見境なく兵士たちに襲いかかった。
「ぎゃあああッ!」 「なんだこいつら!? 剣が通じない!?」
帝国の機械兵と、空間から湧き出る異形の魔物。 二つの脅威に挟まれ、防衛線は崩壊寸前だった。
「もはやこれまでか……。全軍、撤退準備! 少しでも民を逃がすんだ!」
隊長が悲壮な覚悟で撤退命令を出そうとした、その瞬間。
ヒュンッ!!
遥か彼方から、一筋の閃光が戦場を横切った。 それは一直線に最前線の機工魔人へと突き刺さり――。
ズッ、パァァン!!
鋼鉄の巨人が、唐竹割りに両断され、爆発四散した。
「な……ッ!?」
敵も味方も、時が止まったように動きを止める。 爆炎の中から、一人の少女が軽やかに飛び出した。真紅の髪をなびかせ、身の丈ほどもある大剣を片手で構えている。
「あーあ、硬いって聞いてたけど、バターみたいに斬れちゃった」
少女――アリアは、つまらなそうに愛剣を振るった。 その刀身は刃こぼれ一つなく、鏡のように戦場の炎を反射している。
「続きます。――『氷結牢』」
続いて、戦場全体を冷気が包み込んだ。 杖を掲げた銀髪の少女、ミリスが呪文を紡ぐと、密集していた機工魔人の一小隊が、足元から一瞬にして氷漬けにされた。 魔導蒸気が凍結し、機械兵たちが機能不全に陥って沈黙する。
「な、なんだあの二人は……!?」 守備隊長が声を震わせる。
そして、最後に現れた黒髪の青年が、戦場の中央、空間の亀裂を見上げて静かに告げた。
「……やっぱり、ここも『割れて』いるな」
俺、レンは戦場の惨状を見回し、大きく息を吸った。 王都から急行するために、馬車ごと『運動量固定』で射出するという荒技を使って到着したばかりだ。少し酔いそうだが、そんなことは言っていられない。
「アリア、ミリス! 機械の人形たちは任せた! 俺は『穴』を塞ぐ!」
「了解よ、リーダー! 新しい剣の試し斬り、もっとさせてよね!」 「ん。氷像のコレクションを増やす」
二人が左右に散開し、帝国軍のド真ん中で無双を始める。 俺は、上空で口を開けている紫色の亀裂へと手をかざした。
そこから這い出そうとしていた巨大な虚無獣が、俺を敵と認識して飛びかかってくる。
「キシャァァァッ!」
「邪魔だ。『空間固定』――圧壊」
俺は指を握り込む。 虚無獣の周囲の空間をプレス機のように圧縮固定。獣は悲鳴を上げる間もなく、空間の圧力でペシャンコに潰れ、黒い霧となって消滅した。
「さて、本番はこっちだ」
俺は懐から『王家の鍵』を取り出した。 鍵が、あたりの空間の歪みに共鳴して震えている。
普通の魔法使いには、あの亀裂はどうすることもできない。あれは物理的な穴ではなく、世界というデータのバグのようなものだからだ。 だが、今の俺には「修正パッチ」がある。
「『事象固定』――座標修復」
俺が鍵を亀裂に向けると、鍵から青白い光の鎖が伸びた。 鎖は亀裂の端に食い込み、まるで傷口を縫い合わせるように、無理やり空間を引き寄せ、固定していく。
ギギギギ……パァンッ!
光が弾け、空に空いた穴が完全に塞がった。 同時に、戦場に溢れていた不快な重圧感が消え失せる。
「ば、馬鹿な……」 城壁の上で、守備隊長が双眼鏡を取り落とした。 「鋼鉄の兵を紙屑のように蹴散らし、天の裂け目すら塞ぐとは……。彼らが、噂の……」
俺は空中に足場を固定して立ち、眼下に広がる帝国軍を見下ろした。 アリアとミリスの活躍で、前衛部隊はすでに壊滅状態だ。
「こちらレグルス王国冒険者ギルド所属、Sランクパーティ『銀翼』だ!」
俺は魔力で拡声した声を、戦場全域に響かせた。
「この国境は、俺たちが預かる。――退くか、ここでスクラップになるか。好きな方を選べ!」
Sランクとしての初陣。 それは、世界中に「規格外」の誕生を知らしめる狼煙となった。




