王宮からの使者と、見えざる悪意
「うぅ……頭が痛い……」
翌朝。 宿屋のベッドで目を覚ました俺は、窓の外からの大歓声で頭痛を悪化させていた。
「レン様ー! こっち向いてー!」 「『銀翼』のサインください!」 「弟子にしてください!」
宿の周囲は、新Sランクパーティを一目見ようとする野次馬とファンで埋め尽くされていた。 昨日の今日だというのに、噂の広まり方が早すぎる。
「……有名になるのも考えものね」 隣の部屋から出てきたアリアが、げんなりした顔をしている。普段の軽装ではなく、少しフォーマルな騎士服に着替えていた。 「でも、仕方ないわよ。今の私たちは『国の英雄』扱いなんだから」
「……ん。レン、人気者。遠い存在になった」 ミリスが棒読みで言いながら、俺の服の裾をぎゅっと掴んで離さない。 「冗談だよ。俺はどこにも行かないって」
俺たちがそんなやり取りをしていると、宿の主人が蒼白な顔で駆け込んできた。
「レ、レン様! 大変です! お、お城から……王宮からの使者様がお見えです!」
◇
迎えに来た豪奢な馬車に揺られ、俺たちは王都の中央に聳えるレグルス城へと向かった。 同乗したのは、保護者役としてついてきてくれたギルバートさんだ。
「いいか、レン。心してかかれよ」 ギルバートさんは、いつになく真剣な表情で腕を組んでいた。
「魔物との戦いなら、お前たちはもう誰にも負けん。だが、これから向かう場所には、魔物よりタチの悪い化け物がウジャウジャいる」
「化け物……ですか?」 「ああ。権力、嫉妬、保身……言葉という毒を吐く『貴族』という名のモンスターだ」
ギルバートさんは鼻を鳴らした。 「お前たちの実績は認められたが、その出自――『始祖の血』をよく思わない連中も必ずいる。特に、古臭い伝統を重んじる連中はな」
俺は懐のポケットに手を当てた。そこには、北の遺跡から持ち帰った『王家の鍵』が入っている。 この鍵の存在も、いずれ火種になるかもしれない。
「肝に銘じておきます」
◇
王城、謁見の間。 真紅の絨毯が敷かれた広大なホールの先、一段高い玉座に、老齢の男が座っていた。 レグルス国王、アストラル・フォン・レグルス。 その両脇には、きらびやかな衣装を纏った大臣や貴族たちがずらりと並んでいる。
「面を上げよ」
厳かな声に従い、跪いていた俺たちは顔を上げた。 国王の瞳は穏やかだったが、その周囲――貴族たちの視線は、ギルバートさんの忠告通り、刺すような冷たさを孕んでいた。
「若き英雄たちよ。此度の働き、見事であった。北の氷河における調査、そして『白の教団』幹部の撃退……我が国にとって大きな利益である」
「過分なお言葉、光栄に存じます」 俺は事前に叩き込まれた礼儀作法通りに頭を下げた。
「そこでだ。其方らが遺跡より持ち帰ったという『遺物』についてだが……」
王が言いかけた時、横から割って入る声があった。
「陛下、お待ちください」
進み出たのは、青白い顔をした細身の男だった。 宰相のバルデル。国内の内政を取り仕切る実力者だと聞いている。
「彼らが持ち帰った遺物は、かつての『忌まわしき魔法文明』の産物。そのような危険な品を、どこの馬の骨とも知れぬ冒険者に持たせておくのは、国家の安全に関わります」
バルデル宰相は、氷のような目で俺を見下ろした。 「特に、そのリーダーであるレン殿。貴公のその黒髪……古の伝承にある『災いを呼ぶ呪い子』の特徴と一致する。そのような者にSランクの権限と危険な遺物を与えるなど、正気とは思えませんな」
ざわ……。 周囲の貴族たちからも、同意するような囁き声が漏れる。 「確かに、不吉な色だ」「得体の知れない魔法を使うらしいぞ」「教団の言う『悪魔』ではないのか?」
アリアがムッとして剣の柄に手を伸ばしかけるが、俺は目で制した。 なるほど、これが「言葉の毒」か。 彼らは俺たちの功績を称えるつもりなどない。俺たちを危険視し、コントロール下に置くか、排除しようとしているのだ。
「宰相殿」 俺は静かに口を開いた。
「私の髪の色が災いを呼ぶかどうかは存じませんが、この遺物――『王家の鍵』は、私にしか扱えません。これは生体認証……魔力の波長で所有者を固定していますから」
「口答えをするか! ならばその腕ごと切り落として回収するまで!」 バルデル宰相が声を荒げ、近衛騎士たちに目配せをする。 空気が一瞬にして張り詰めた。
その時。 俺の目には、奇妙なものが映っていた。
バルデル宰相の背後に揺らめく、どす黒い靄。 それはただの感情の視覚化ではない。 北の遺跡で見た『虚無』や、ジークが纏っていた気配とよく似た、不自然な歪み。
(……あいつ、まさか)
俺は確信した。 この男は、ただの保守派の貴族じゃない。 『白の教団』か、あるいはもっと悪いものと繋がっている。
「……陛下」 俺は宰相を無視し、真っ直ぐに王を見た。
「証明しましょう。私が災いを呼ぶ者か、それともこの国を守る盾となるか」
俺は懐から『王家の鍵』を取り出し、頭上に掲げた。 そして、宰相に向けて発動した。
「『空間固定』――虚偽看破」
鍵がカチンと音を立て、広間全体の空気が変わった。 俺は空間内の光の屈折率を操作し、人々の「魔力の揺らぎ」を可視化するフィルターを強制的に展開したのだ。
「な、なんだこれは!?」 貴族たちがどよめく。
そして、全員の目に明らかになった。 バルデル宰相の体から立ち昇る、毒々しい紫色のオーラと、その影に潜む「何か」の形が。
「宰相殿。あなたの影、随分と『重そう』ですね」
俺の言葉に、バルデルの顔が恐怖に引きつった。 王宮での戦いは、剣ではなく「真実」を武器にして幕を開けた。




