凱旋、そして最強への挑戦状
王都の巨大な城壁が見えた時、俺は心底ホッとした息を吐いた。
「帰ってきた……」
北の果て『常闇の氷河』から、馬車で揺られること二週間。 俺たちは無事に、レグルス王国の王都へと帰還していた。
「やっと……やっと暖かいお風呂に入れるぅぅぅ!」 御者台でアリアがバンザイをしている。 「もう雪は見たくないわ。一生分の雪を見た気分よ」
「……ん。同感。あと、お布団で寝たい」 ミリスも馬車の窓から顔を出し、眠たげに目をこすっている。
極北の旅は過酷だった。 『白の教団』との戦闘、ねじれた空間の迷宮、そして両親の記憶と世界の真実。 あまりに濃密な時間を過ごしたせいで、王都の賑わいや、すれ違う人々の普通の笑顔が、ひどく懐かしく、そして尊いものに感じられた。
「まずはギルドへ報告だ。ギルバートさんが首を長くして待ってるはずだからな」
俺たちは馬車をギルドの厩舎に預け、そのまま建物の中へと入っていった。
◇
「――そうか。やはり、そうだったか」
ギルドマスター室。 俺の報告を聞き終えたギルバートさんは、深く椅子に背を預け、天井を仰いだ。 いつもの豪快な笑みはない。その表情は、かつてないほど真剣で、どこか痛ましげだった。
俺は、極北の遺跡で見たことの全てを話した。 始祖王朝が「虚無」という異次元の侵略者と戦っていたこと。 世界を守るために時間を凍結し、自ら滅びを選んだこと。 そして俺が、その封印の「鍵」として未来へ送られたこと。
「俺も、『黒髪の民』が何らかの理由で歴史から消されたことは知っていた。だが、まさか世界を守るための人柱だったとはな……」
ギルバートさんは重々しく溜息をつき、机の上に置かれた『王家の鍵』を見つめた。 透き通った結晶のようなその鍵は、室内の灯りを受けて静かに輝いている。
「それで、お前はどうするつもりだ? レン」
試すような視線が、俺を射抜く。
「その鍵があれば、お前は王家の遺産を好きに使えるだろう。一生遊んで暮らせるだけの財宝も、国一つを支配できる力も手に入る。……あるいは、両親の遺志を継いで『虚無』と戦うという茨の道もある」
俺は迷わず答えた。
「茨の道を行きますよ。……っていうか、もう巻き込まれちゃってますしね」
俺は苦笑いして肩をすくめる。 「『白の教団』――彼らが何を知っているのかはわかりませんが、俺の存在自体を許さない連中です。それに、父さんと母さんが命がけで守ったこの世界を、『期限切れ』で壊させたくはありません」
正義感なんて大層なものじゃない。 ただ、この世界にはアリアがいる。ミリスがいる。ギルバートさんがいる。 俺が美味しいご飯を食べ、温かいベッドで眠れる場所がある。 それを守るのに、理由なんていらない。
「ふっ……。いい顔になったな、小僧」 ギルバートさんが、ニヤリと口角を上げた。「初めて会った時の、自信なさげにおどおどしていた荷物持ちとは別人のようだ」
「ギルバートさんのおかげですよ」 俺は真っ直ぐに、師の目を見つめ返した。
「だからこそ――お願いがあります」
「なんだ?」
「俺たちパーティ『銀翼』の、Sランク昇格試験をお願いします」
部屋の空気が、ピリリと張り詰めた。 アリアとミリスも、ゴクリと唾を飲み込む。
Sランク。 国家戦力に匹敵し、ギルドの歴史上でも数えるほどしか存在しない、冒険者の頂点。 それを名乗るには、圧倒的な実績と、誰もが認める「強さ」の証明が必要だ。
「俺たちは『断罪のジーク』を退けました。実力的には足りている自負があります。ですが、公的な証明が必要です」
「……ほう。それで、試験官は誰に頼むつもりだ? 現役のSランクか? それとも近衛騎士団長か?」
「いいえ」
俺は一歩前に出た。
「あなたです、ギルバートさん。『剣聖』と呼ばれたあなたを倒して、俺たちは最強を証明したい」
ギルバートさんの目が大きく見開かれ――次の瞬間、部屋が揺れるほどの大笑いが響いた。
「ガハハハハ! 言うようになったなぁ、レン! 俺を指名するか!」
彼はバンと机を叩き、立ち上がった。 その体から放たれる闘気が、ビリビリと肌を刺す。引退したとはいえ、元Sランク筆頭の実力は錆びついていない。
「いいだろう! その挑戦、受けて立つ! 場所は王都闘技場。日時は三日後だ。観客も入れるぞ。お前たちの『お披露目』には最高の舞台を用意してやる」
「望むところです」
「ただし、手加減はせんぞ? 以前の模擬戦のように、怪我で済むと思うなよ」 ギルバートさんの瞳が、鋭い剣士の色を帯びる。
「ええ。俺も今度は――『見え(・)て(・)』ますから」
俺の言葉に、ギルバートさんは一瞬だけ真顔になり、そして嬉しそうに口元を歪めた。
「……合格だ。だが、勝負は別だぞ?」
◇
こうして、俺たちのSランク昇格を賭けた最後の試験が決まった。 相手は、俺に戦う術を教えてくれた最強の師匠。
恩返しをする時が来た。 俺の『固定』が、彼の『剣』を超える瞬間を見せる時が。




