表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
固定スキル『固定』はゴミだと言われたが、敵をその場に固定してタコ殴りにできると気づいた件 〜追放された荷物持ちは、物理法則を無視して最強へ至る〜  作者: 冷やし中華はじめました
極北の遺産と始祖の記憶編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/94

事象の固定と反転する絶望

「生意気な……! 神の領域を侵す小童こわっぱが!」


 ジークが咆哮ほうこうすると、広間の空気がきしむような音を立てて震えた。  彼の両手の間に、漆黒の球体が生成される。光さえも逃げ出せないような、極小のブラックホール――『重力特異点』だ。


「消え失せろ! 『虚空崩壊ヴォイド・クラッシュ』!」


 ジークが球体を投げつける。  それはゆっくりとした速度で飛んできたが、その軌道上にある全ての物体――床の石畳、舞い上がる塵、空気さえもが、強烈な引力に引き寄せられ、圧縮されて消滅していく。  触れれば最後、俺たちも分子レベルで圧縮され、塵すら残らないだろう。


「レン、あれはまずい! 魔力防御なんて意味がないわ!」  背後でアリアが叫ぶ。


「わかってる」  俺は冷静だった。いや、かつてないほど感覚が研ぎ澄まされていた。  手の中にある『王家の鍵』が、俺の魔力回路と接続され、脳内で膨大な情報が処理されていく感覚。


(重力とは、空間の歪みによって生じる力……)


 父さんの研究データがフラッシュバックする。  質量ある物体が空間を沈み込ませ、そこに物が落ちる現象。それが重力だ。  ならば――空間そのものを平坦に『固定』してしまえば、重力は発生しない。


「来い、『事象固定イベント・フィックス』」


 俺は迫りくる黒い球体に向けて、掌をかざした。  イメージするのは「壁」ではない。  そこにある空間の座標が、何があっても「1ミリたりとも動かない」という絶対の事実。


 キィィィィンッ!!


 黒い球体が、俺の目の前50センチでピタリと止まった。  ジークの目が驚愕に見開かれる。


「な、なんだと!? 特異点を止めた……だと? 重力の渦を力技で抑え込めるはずがない!」


「力で抑えてるんじゃない」  俺は汗一つかかずに言った。 「空間の『形』を固定したんだ。お前がどれだけ空間をねじ曲げて重を作ろうとしても、俺が『平面だ』と定義フィックスすれば、そこはただの平らな空間に戻る」


 俺が指を弾くと、黒い球体は行き場を失い、プシュンと情けない音を立てて霧散した。


「ば、馬鹿な……。ありえん……!」  ジークが後ずさる。自身の最強魔法を無効化された動揺は隠せない。


「今度はこちらの番だ」


 俺は一歩踏み出す。  ジークは咄嗟に防御壁を展開しようとするが、俺の狙いは彼自身ではない。


「お前は重力で俺たちを押し潰そうとしたな。なら、お前には『何も無い恐怖』を味わってもらおう」


 俺はジークの周囲の空間を見据え、その「状態」を書き換えた。


「『大気固定』――完全停止」


 ジークの周囲半径2メートル。その空間にある空気の分子運動を、完全に『固定(停止)』させた。  熱エネルギーとは、分子の運動のことだ。  運動が止まるということは、熱が消えるということ。そして、気体が流動性を失い、固形物のように凝固するということだ。


 カキィィィンッ!


 一瞬にして、ジークの周囲が絶対零度に近い極低温の牢獄と化した。  空気そのものが凍りつき、見えない氷山の中に閉じ込められた状態。  呼吸をしようにも、肺に空気が入ってこない。身動きを取ろうにも、空気がコンクリートのように硬化して動けない。


「が、ぁ……ッ!?」


 ジークの顔が青紫色に変わる。  音すらも空気を振動させられないため、彼の悲鳴は誰にも届かない。  重力を操る最強の処刑人も、呼吸ができなければただの人だ。


「終わりだ、ジーク」


 俺は『王家の鍵』を懐にしまい、凍りついた空間の前で告げた。  殺すつもりはない。だが、これ以上邪魔をさせるわけにはいかない。


 意識が遠のき、白目を剥いて崩れ落ちそうになるジーク。  俺は『固定』を解除した。


 ドサッ。


 新鮮な空気が流れ込むと同時に、ジークはその場に倒れ伏し、激しく咳き込んだ。 「げほっ、ごほっ……! はぁ、はぁ……」


 彼は震える手で地面を掴み、恐怖に染まった目で俺を見上げた。  そこにはもう、傲慢な審問官の姿はない。未知の力に屈服した、一人の敗北者がいるだけだった。


「……殺せ。異端に情けをかけられるなど……」 「情けじゃない。ただ、父さんと母さんが守ろうとした世界に、お前も含まれてるってだけだ」


 俺は彼に背を向けた。  アリアとミリスが駆け寄ってくる。


「レン! 凄すぎるわよ! あのジークを完封なんて!」 「ん。レン、最強」


 二人の笑顔を見て、俺はようやく肩の力を抜いた。  勝った。  これで、始祖の遺産を巡る戦いは――ひとまずの区切りがついたはずだ。


 だが、倒れ伏したジークが、最後に不吉な言葉を呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。


「……後悔するぞ。まだ教団が……『彼ら』が、黙ってはいない……」


 彼ら?  教団の背後に、まだ何かがいるのか?  俺の胸に微かな不安がよぎったが、今はただ、無事に生還できたことを喜ぶことにした。


「帰ろう。俺たちの家に」


 極北の遺跡に眠る真実を手に入れた俺たちは、長い長い帰り道へと足を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ