断罪の重力使い
爆風が収まると、広間の入り口に土煙を割り裂いて一人の男が立っていた。
これまでの騎士たちと同じ白い鎧だが、その上に深紅の法衣を纏っている。 年齢は三十代半ば。刈り上げた金髪と、爬虫類を思わせる細い瞳。 手には武器を持っていない。だが、彼が歩くたびに、足元の石畳がミシミシと悲鳴を上げ、蜘蛛の巣状にひび割れていく。
「……ふん。ネズミが入り込んだと思えば、まさか『最奥』まで辿り着くとはな」
男は退屈そうに鼻を鳴らし、広間を見回した。 その視線が、俺の手にある『王家の鍵』と、消えかかっている両親の魔力の残滓に向けられる。
「あぁ、不愉快だ。空間が歪み、時間が澱んでいる。ここにあるのは神の摂理に反するゴミばかりか」
「……ゴミだと?」
俺の声が低くなるのを自分でも感じた。 父さんと母さんが命がけで遺したメッセージ。世界を救うために犠牲になった始祖たちの想い。 それを、ゴミ呼ばわりしたのか。
「言葉を慎め。お前たちが何を知っているというんだ」 「知る必要などない。異端は全て滅ぼす。それが教団の、そして私の正義だ」
男がゆっくりと右手を持ち上げた。 ただそれだけの動作なのに、周囲の大気がズシリと重くなる。
「我が名はジーク。『白の教団』枢機卿直属、異端審問官――『断罪のジーク』だ」
ジーク。 ギルバートさんが以前、警戒すべき人物として名を挙げていた男だ。 『歩く災害』の二つ名を持つ、教団最強の能力者。
「跪け、罪人ども」
ジークが手を振り下ろした。
ドォンッ!!
不可視の巨大なハンマーで叩かれたかのように、アリアとミリスがその場に倒れ伏した。 床の石材が砕け、二人の体が地面にめり込む。
「ぐっ……ぅ……体が、動かな……ッ!?」 「う……重い……息、が……」
「アリア! ミリス!」
二人は指一本動かせないようで、苦悶の表情を浮かべている。 これは、風圧や衝撃波じゃない。
「重力魔法……!」 「ご名答。もっとも、私の『王権重力』は、そこらの魔法使いの遊びとは格が違うがな」
ジークは薄ら笑いを浮かべ、さらに圧力を強める。 空間全体がきしむような音が響く。このままでは、二人の内臓が破裂してしまう。
「やめろッ!」
俺は叫び、二人のもとへ駆け出そうとした――が、足が鉛のように重かった。 俺の体にも、通常の十倍近い重力がのしかかっている。
「ほう? 十倍の負荷で立っていられるか。さすがは呪われた血族、無駄に頑丈だな」 「……『固定』・肉体強度!」
俺は自身の骨格と筋肉の位置情報を強固に固定し、重力による潰れを防ぐ。 さらに、アリアとミリスに向けて手をかざした。
「『空間固定』・領域指定!」
二人の周囲の空間を『箱』のように切り取り、その内部の重力定数を固定する。 外部からの干渉を遮断することで、なんとか二人にかかる異常な重力を解除した。
「はぁっ、はぁっ……! た、助かった……」 「あり、がと……レン」
二人は激しく咳き込みながら立ち上がるが、膝が震えている。 この領域から一歩でも出れば、再び即死級の重力に押しつぶされるだろう。
「空間を固定して重力を遮断したか。……小賢しい真似を」
ジークが目を細めた。 その体から溢れ出す魔力が、どす黒い紫色に変わっていく。
「だが、いつまで保つかな? 重力とは、星そのものの意思。矮小な人間が逆らえる道理ではない!」
ジークが両手を広げる。 広間の天井、高く聳える氷の鍾乳石が、メキメキと音を立てて根元から折れた。 数百キロはある巨大な氷の塊が、五つ、六つと浮き上がる。
いや、浮いているんじゃない。 天井から「落ちて」くるのではなく、ジークを中心とした重力点に「引き寄せられて」いるのだ。
「潰れよ、虫ケラども。『重力崩落』」
ジークが指を弾くと、浮いていた巨大氷塊が、砲弾のような速度で俺たちに向かって殺到した。 上からだけじゃない。左右、正面、あらゆる方向から「落ちて」くる全方位攻撃。
「アリア、ミリス! 俺の後ろへ!」
俺は二人を背に庇い、両手を突き出す。 逃げ場はない。迎撃も間に合わない。 なら、この空間そのものを「絶対安全圏」に変えるだけだ。
手の中にある『王家の鍵』が、熱く脈打った。 親父、力を貸してくれ。
「この場所は、誰にも渡さない――『空間完全固定』!」
俺たちの周囲半径三メートル。 その空間の「時間」と「座標」を、世界から切り離すレベルで強固に凍結させた。
ズズズズズズズズンッ!!
轟音。 巨大な氷塊が次々と直撃し、砕け散る。 だが、俺たちの目の前には見えない壁があり、氷の欠片一つ、衝撃波の一端すら通さない。
砂煙が晴れると、そこには無傷の俺たちが立っていた。
「……何?」
初めて、ジークの顔から余裕が消えた。
「重力魔法で押しつぶそうとしても無駄だ」 俺はジークを真っ直ぐに見据えた。
「重力が『引き寄せる力』なら、俺の固定は『止める力』だ。神の摂理だか知らないが、俺のテリトリー内じゃ、物理法則を決めるのは俺だ」
俺は一歩、絶対防御の結界から外へ踏み出した。 重力が襲いかかってくるが、それを『固定』で弾き返す。
Sランク級の重力使いvs空間魔法の始祖。 次元を超えた決戦が始まる。




