凍てついた玉座と、父と母の記憶
扉の向こうに広がっていたのは、静寂そのものだった。
氷の洞窟の荒々しさとは無縁の、整然とした石造りの大広間。 高い天井には、魔力を帯びた鉱石が星空のように埋め込まれ、青白い光が降り注いでいる。 その最奥に、空間から切り離されたように浮遊する一つの『玉座』があった。
「ここが……『始祖の玉座』……」
俺は吸い寄せられるように、その場所へと歩み寄った。 アリアとミリスも、あまりの荘厳な雰囲気に言葉を失い、静かに俺の後ろをついてくる。
玉座は、透き通るような黒水晶で作られていた。 俺は、さきほどゴーレムから手に入れた氷のプレートを、玉座の肘掛けにある窪みへと嵌め込む。
カチリ、と小さな音が響いた直後。
ブゥン……。
低い駆動音とともに、広間全体が震えた。 玉座から光の粒子が溢れ出し、空中で収束して二つの人影を形作る。
立体映像だ。 そこに映し出されたのは、豪奢なローブを纏った黒髪の男性と、優しげな微笑みを浮かべた黒髪の女性。
俺は息を呑んだ。 鏡を見ているかと思うほど、俺とよく似ていたからだ。
『――よくぞ、ここまで辿り着いてくれた』
男性が口を開いた。 録音された音声のはずだが、その瞳は真っ直ぐに俺を見ているようだった。
『我が名は、アルス・クロノス。始祖王朝最後の王であり、愚かな父親だ』 『私はセシリア。……愛しい、私たちの赤ちゃん』
女性が、愛おしそうに何もない空間を撫でる仕草をした。 胸が、締め付けられるように痛む。 確信した。この二人が、俺の両親だ。
『この記録が再生されているということは、お前は無事に未来へ……、いや、”現在”へと辿り着けたのだな』
父アルスが厳粛な顔で語り始める。
『真実を伝えよう。歴史書には、我ら始祖王朝は悪魔と契約し、神の怒りに触れて滅びたと記されるだろう。だが、事実は違う』
空中に、不気味な紫色の亀裂の映像が映し出された。
『我々の時代、世界は「外側」からの侵略を受けていた。次元の壁を食い破り、全てを無に帰す捕食者――『虚無』の侵攻だ』
「虚無……?」 俺は、白の教団の騎士団長が言っていた言葉を思い出した。「虚無が溢れ出す」という予言。あれは、侵略のことだったのか。
『我々は全魔力を結集し、空間魔法と時間魔法の粋を集めて対抗した。だが、虚無の力は強大すぎた。このままでは、世界ごと飲み込まれる……。そこで我々は、最後の手段を選んだ』
映像の中で、巨大な魔法陣が王都を包み込んでいく。
『王都ごと空間を切り離し、時間を凍結させることで、虚無の発生源を封印する。……我ら一族の命と引き換えにな』
アリアが、はっと息を呑む音が聞こえた。 王族たちは、反乱で殺されたのではない。世界を守るために、自ら人柱となって時間を止めたのだ。
『だが、まだ赤子だったお前だけは……巻き込めなかった』
母セシリアの声が震えている。
『私たちは、お前をコールドスリープさせ、時空転送装置に乗せた。封印が安定し、虚無の影響が薄れる数百年後の未来へ……。平和になった世界で、生きてほしかったから』
涙が、頬を伝った。 俺が孤児院にいた理由。両親がいなかった理由。 捨てられたわけじゃなかった。 俺は、数百年の時を超えて託された、希望そのものだったんだ。
『レン、聞いてくれ』
父の声が、一段と強くなる。
『封印は永遠ではない。いつか必ず、虚無は再び動き出す。その時、世界を守れるのは……時空を超え、二つの時代の理を知るお前だけだ』
父が手をかざすと、玉座から一本の「杖」のようなものが浮き上がってきた。 いや、それは剣の柄のようでもあり、鍵のようでもある。
『これが、王家の権限キーだ。お前のスキル『固定』は、ただ物を止めるだけの力ではない。世界の法則そのものを繋ぎ止める、王の力だ』
『愛してるわ、レン。どうか、幸せに……』
二人の姿が薄れていく。 俺は思わず手を伸ばした。
「待ってくれ! 父さん、母さん!」
俺の手は、光の粒子を虚しくかいた。 ホログラムが消滅し、広間に再び静寂が戻る。 残されたのは、空中に浮かぶ奇妙な「鍵」と、頬を濡らす涙の熱さだけ。
「レン……」 ミリスがそっと、俺の背中に手を添えてくれた。 アリアも、何も言わずに俺の肩を叩く。
「……大丈夫だ」
俺は袖で顔を乱暴に拭い、浮かんでいた「鍵」を手に取った。 ずっしりと重い。それは物理的な重さではなく、託された想いの重さだ。
「ゴミスキルなんかじゃなかった。これは、父さんたちが命がけで守った世界を、繋ぎ止めるための力なんだ」
俺の中で、何かがカチリと嵌まる音がした。 迷いはもうない。
その時。 ドォォォォンッ!! 遠くから、広間全体を揺るがすほどの爆発音が響いた。
「な、なに!?」 アリアが剣を構える。
広間の入り口――俺たちが通ってきた道の向こうから、どす黒い殺気が膨れ上がってくるのを感じた。
「……来たか」 俺は鍵を握りしめ、振り返った。 この魔力反応。あの騎士団長たちとは桁が違う。
『白の教団』最強の戦力。 両親の想いを「悪魔」と罵り、遺跡を破壊しようとする侵入者が、すぐそこまで迫っていた。




