囚われの聖騎士と裏返った世界
「……くっ、殺せ! 悪魔の手にかかるくらいなら、潔く神の御元へ行く!」
雪原に、悲壮な叫び声が響いた。 叫んだのは、白の教団の騎士団長だ。彼を含めた十二人の騎士たちは現在、俺の『固定』スキルによって、まるで彫像のように身動きが取れない状態にされていた。
手足の座標を空中に固定され、指一本動かせない。俺が解除しない限り、彼らは永遠に雪景色の一部だ。
「殺さないよ。いくつか聞きたいことがあるだけだ」
俺は団長の目の前にしゃがみ込んだ。 アリアとミリスは、少し離れた場所で騎士たちの武器――「対魔素材」でできた高価そうな剣や盾――を興味深そうに調べている。
「貴様ら教団は、なぜそこまで俺たち『始祖の血』を目の敵にする? ただの迷信で、精鋭部隊をこんな極地まで派遣しないだろ」
団長は憎悪に満ちた目で俺を睨んだが、やがて諦めたように口を開いた。
「……予言だ」 「予言?」 「『黒き血の者が目覚める時、世界の殻に亀裂が走り、虚無が溢れ出す』――我らの聖典に残された言葉だ。空間を操るその力は、世界の理を破壊する楔なのだ」
俺は眉をひそめた。 世界の殻。虚無。抽象的だが、妙に引っかかる言葉だ。 ギルバートさんは「始祖王朝は世界を救うために滅びた」と言っていたが、教団の認識は真逆らしい。
「俺は世界を壊すつもりなんてない。ただ、自分のルーツを知りたいだけだ」 「知ったところで、運命は変わらん。貴様が存在すること自体が罪なのだ……!」
話は平行線か。 狂信的な相手に論理は通じない。これ以上の情報は期待できそうになかった。
「……わかった。もういい」
俺は立ち上がり、アリアたちに声をかけた。 「行こう。これ以上、彼らに構っていても時間の無駄だ」
「えっ、レン。こいつらどうするの? このまま放置したら凍死しちゃうわよ?」 アリアが心配そうに(あるいは装備を剥ぎ取れないか残念そうに)尋ねる。
「死なせはしないさ」 俺は指をパチンと鳴らした。 騎士たちを拘束していた『固定』が解除され、彼らはドサドサと雪の上に崩れ落ちた。
「な、なぜ……?」 団長が驚愕の表情で見上げてくる。
「武器は返すが、馬車の車輪と予備の食料は少し頂く。あと、君たちの鎧の一部を『その場の地面』に一時間だけ固定しておいた」
俺の言葉通り、彼らは立ち上がろうとしても、膝や肘が地面から離れずにもがいている。
「一時間経てば効果は切れる。その頃には俺たちは遥か彼方だ。……追ってくるなら次は容赦しない。命拾いしたことを神に感謝して、大人しく帰るんだな」
俺たちは呆然とする騎士たちを残し、再び馬車を走らせた。
◇
それからさらに半日。 馬車はついに、大陸の北の果てへと到達した。
気温はマイナス五〇度。俺の『恒温結界』がなければ、肺の中まで凍りつくような死の世界だ。 だが、俺たちが息を呑んだのは、寒さのせいではない。
「……ねえ、レン。あれ、何?」 御者台のアリアが、震える声で前方を指差した。
「……ああ。地図には載ってないわけだ」 俺もまた、目の前の光景に言葉を失っていた。
そこにあるはずの「氷河」は、俺たちの知る自然の景色ではなかった。
空に、氷の大地があった。 いや、地面が空へ向かってねじれ上がり、アーチを描いて頭上を覆っている。 遠近感が狂う。右に見える氷山が、気づけば左にあり、登り坂だと思って進めば下っているような錯覚。
まるで巨大なメビウスの輪のように、空間そのものがねじれて循環する氷の迷宮。 それが『常闇の氷河』の正体だった。
「空間が……歪んでる」 ミリスが呟く。「普通の方向感覚じゃ、一歩踏み込んだだけで迷子になる」
「ここが、始祖たちの遺産を守る天然の要塞か……」 俺はゴクリと喉を鳴らした。
ギルバートさんが言っていた。「地図は役に立たない」という意味がようやくわかった。 ここは三次元の常識が通用しない場所だ。
だが、俺にはわかる。 肌にビリビリと感じる、懐かしい魔力の波長。この歪んだ空間の奥底で、何かが俺を呼んでいる。
「行くぞ、二人とも。ここからが本番だ」
俺は空間の歪みを『視』ながら、馬車を降りてその異界へと足を踏み入れた。




