魔法殺しの聖鎧と物理法則の鉄槌
「散開せよ! 魔導師の詠唱を封じるのだ!」
先頭に立つ聖騎士の号令とともに、十二人の白い騎士たちが雪原を疾走する。 彼らの動きは統率が取れており、重装備とは思えないほど速い。雪に足を取られることもなく、滑るように展開して俺たちを半包囲の陣形に追い込んでいく。
「ミリス、先制!」 「ん。――『氷槍』」
ミリスが短杖を振り上げると、虚空に無数の氷の槍が生成され、騎士たちへと降り注ぐ。 ごく標準的な、だが高威力の攻撃魔法だ。直撃すれば鉄の鎧でも貫く。
だが。
「神の加護によりて、邪悪なる魔を退けよ!」
騎士たちが一斉に、左腕の白銀の盾を掲げた。 盾の表面に刻まれた赤い十字が淡く発光する。
パァン、パァンッ!
氷の槍が盾に触れた瞬間、まるでガラス細工のように砕け散り、魔力の粒子となって霧散した。
「……消された?」 ミリスが珍しく目を丸くする。「物理障壁じゃない。構成術式そのものを分解された」
「『対魔素材』の装備か!」 アリアが舌打ちしながら前に飛び出す。「だったら、剣で叩き斬るまでよ!」
アリアの炎の剣と、騎士の大剣が激突する。 金属音が響き、火花が散るが、アリアの剣に纏わせていた『炎熱』の魔力もまた、接触の瞬間に掻き消されていた。ただの鋼の斬り合いに持ち込まれている。
「無駄だ! 我らが『白銀の聖鎧』は、あらゆる魔の干渉を無効化する!」 騎士の一人がアリアを押し返しながら叫ぶ。「貴様らがどれほど強力な魔術を使おうとも、この鎧には傷一つつけられん!」
なるほど、厄介な相手だ。 魔法使いにとって「魔法が効かない」というのは致命的だ。だが、それは「魔法そのもの」をぶつけた場合の話だ。
「そこな黒髪! 貴様の首、貰い受ける!」
俺が観察している隙を狙い、リーダー格の騎士が肉薄していた。 彼の大剣は、他の騎士よりも一回り大きく、より濃密な破魔の光を帯びている。あれなら俺の『空間固定』の結界すら、強引に切り裂くかもしれない。
「『固定』!」 俺はとっさに足元の雪を凍らせ、自分の靴底を地面に固定。 直後、真横から薙ぎ払われた大剣を、上半身をのけぞらせて回避する。足が地面に縫い付けられているおかげで、氷上の不自然な体勢でもバランスが崩れない。
「逃げ回るだけか、悪魔の末裔よ!」 「逃げる? いや、実験だよ」
俺は固定を解除し、バックステップで距離を取る。 周囲には、先ほどのミリスの攻撃で砕け散った氷の破片や、手頃な大きさの岩が転がっている。
彼らの鎧は、魔法的なエネルギーを中和する。 なら、純粋な『運動エネルギー』ならどうだ?
「ミリス、アリア! 射線から離れろ!」 俺は叫ぶと同時に、足元に転がっていたバスケットボール大の氷塊に手をかざした。
イメージするのは、ギルバートさんとの模擬戦で掴んだ感覚。 対象をその場に止めるだけではない。 加えられた力を蓄積し、一点に解放する――ベクトルの固定と操作。
「――『運動量固定』・装填」
俺は氷塊を空中に固定した。 そして、その氷塊の「背後」の空間に、俺の魔力を爆発的な推進力として叩き込む。 だが、氷塊は動かない。『固定』されているからだ。 本来なら前へ飛び出すはずのエネルギーが、行き場を失って氷塊の中で圧縮され、極限まで張り詰める。
弓を引き絞るように。 銃の撃鉄を起こすように。
リーダーの騎士が、俺の意図も知らずに突っ込んでくる。 「魔力で石を浮かせたところで、我らには通じぬと言ったはずだ!」
「ああ、その石には魔法なんて掛かってない」 俺はニヤリと笑った。 「ただ、ものすごい勢いで飛んでいくだけの石だ」
距離、五メートル。 俺は指を鳴らし、『固定』を解除した。
「発射」
ドォォォォンッ!!
炸裂音。 圧縮された運動エネルギーが一気に解放され、氷塊が大気を切り裂いて射出された。 その速度は、音速に近い。 もはや魔法の弾丸ではない。純粋な物理質量を持った砲弾だ。
「なッ――!?」
騎士は反応すらできなかった。 構えた盾ごとその身を吹き飛ばされ、背後にいた二人の騎士をも巻き込んで、五十メートル先の雪山へと激突した。 ズズーン……と、雪煙が舞い上がる。
「だ、団長!?」 残された騎士たちが動きを止める。
「魔法無効化ってのは便利だけどさ」 俺は次の氷塊に手をかざしながら、呆然とする彼らに告げた。 「飛んでくる岩の『運動エネルギー』までは消せないだろ? 物理法則を変えない限りな」
魔法で炎を出せば消される。 だが、魔法で加速させた「ただの岩」は、魔法の効果が切れた後も慣性の法則に従って飛び続ける。鎧に当たる瞬間のそれは、ただの物理現象だ。
「さて、次弾装填済みだ。まだやるか?」
俺の周囲に、十個以上の氷塊が浮かび上がり、不穏な唸りを上げ始める。 それを見た騎士たちは、武器を取り落とし、ガクリと膝をついた。
「ば、化け物め……」
「よく言われるよ」 俺はふぅ、と白い息を吐き、戦闘終了を宣言した。




