明かされる血脈
修行の合間の休憩時間。 ギルバートは、焚き火の準備をしながら唐突に口を開いた。
「なぁレン。お前、『ハートロック』って技、知ってるか?」 「ハートロック? ……いえ、何ですかそれ? 新しい観光地か何かですか?」
レンがきょとんとして首を傾げる。 その反応を見て、ギルバートはふむ、と顎を撫でた。
「知らねえか。……昔、お前と似た『空間干渉』のスキルを持った知り合いがいてな。そいつが得意にしていた技だ」 「へぇ、僕以外にもいるんですね。どんな技なんですか?」 「実践してみりゃわかる」
ギルバートは茂みの奥へ入っていくと、すぐに一頭の野生の豚を捕まえて戻ってきた。 豚はフゴフゴと暴れている。
「いいか、レン。今までのお前は外側の空間しか見てなかった。だが、昨日の特訓で『視えないもの』を感じ取る感覚を掴んだはずだ」 「は、はぁ……」 「なら、できるはずだ。――この豚の『心臓』を固定してみろ」
ギルバートの指示に、レンは目を瞬かせた。 心臓を、固定。 物理的な壁や床ではなく、生物の体内にある臓器を直接ターゲットにするということか。
「……やってみます」
レンは豚に手をかざし、意識を集中させた。 目隠し特訓の成果か、今のレンには豚の体内を流れる血液の音や、筋肉の収縮、そしてトクトクと脈打つ心臓の位置が、空間の歪みとして手に取るようにわかった。
そこにある、握り拳大の臓器。その動きを止めるイメージ。
「――『生体固定・心臓』」
レンが指を握り込む。 瞬間。
ヒュッ。
暴れていた豚が、何の前触れもなく崩れ落ちた。 痙攣すらない。 糸が切れた人形のように、完全に動きを止め、そして絶命した。 外傷はゼロ。防御不能の即死攻撃だ。
「あ……」 「……なるほどな」
レンは自分の手のひらを見つめた。 あまりにも呆気なかった。何の抵抗感もなく、命のスイッチを切ってしまった感覚。 ギルバートは動かなくなった豚の首筋に触れ、脈がないことを確認すると、淡々と言った。
「よし、今夜は豚鍋だ。解体するぞ」
◇
グツグツと煮える鍋を囲みながら、レンたちは夕食を摂っていた。 豚肉は美味だったが、レンの箸は少し重かった。
「……あの、ギルバートさん。さっきの『ハートロック』って……」 「ああ。俺が昔知っていた奴は、あれで要人を何人も暗殺していた。『見えない処刑人』なんて呼ばれてたよ」
ギルバートは肉を噛みちぎりながら、レンをじろりと見た。
「正直に言うとな。俺は疑ってたんだよ。お前が裏で、あの力を使って気に入らねえ奴を始末してるんじゃないかってな」 「そ、そんなことしませんよ!」 「ああ、わかったよ。お前のさっきの反応を見て確信した。お前は、自分の力がどれだけ凶悪か理解してねえ。……『ハートロック』なんて洒落た名前も知らなかったしな」
ギルバートは安堵したように息を吐き、そして真剣な表情になった。
「だが、だからこそ危険だ。お前はその力を、誰に教わったわけでもなく生まれつき持っていた。……そうだろ?」 「はい。物心ついた時から、空間を『留める』ことができました」 「……やっぱりか」
ギルバートは懐から酒瓶を取り出し、一口煽ると、夜空を見上げた。
「レン。お前、自分の親のことは?」 「知りません。気づいたら孤児院の前に捨てられていましたから」 「そうか。……なら、教えてやる。これは俺が旅の中で知った、この世界の『闇』の歴史だ」
アリアとミリスも箸を止め、ギルバートの話に聞き入る。
「数百年昔。この大陸には、今の『レグルス王国』ができる前に、別の王朝があった。……『始祖王朝』と呼ばれる、強大な魔法文明を持った国だ」
焚き火の炎が揺れる。
「その王族たちは、特異な身体的特徴を持っていた。……『黒髪黒目』。そして、空間そのものを支配する『絶対権限』という魔法だ」
ドキリ。 レンの心臓が跳ねた。 黒髪黒目。空間支配。 それは完全に、レンの特徴と一致している。
「待ってください。それじゃあ、僕は……」 「ああ。十中八九、お前はその滅びた王族の末裔だ」
ギルバートは断言した。
「始祖王朝は、ある日突然歴史から消えた。今の貴族たちの祖先が反乱を起こし、王族を皆殺しにしたとも言われている。……俺が知っていた『ハートロック』使いも、その生き残りだったのかもしれん」
レンは言葉を失った。 自分が「ゴミスキル」だと思っていた力は、かつて世界を統べていた王の力。 そして、自分はその血を引く、最後の生き残りかもしれない。
「王都の貴族連中がお前を嫌うのも無理はねえ。本能的に恐れているんだろうよ。自分たちが奪った玉座の、本当の持ち主が現れたことをな」
ギルバートはニヤリと笑ったが、その目は笑っていなかった。
「どうする、レン。お前がその気なら、この国を乗っ取ることだってできる力だ。……さっきの豚みたいに、気に入らない奴の心臓を止めて回ればいい」
試すような視線。 心臓固定という悪魔の技。 血塗られた歴史。 あまりに重い事実を突きつけられ、レンは自分の手を見つめた。 この手は、人を殺すためのものなのか?
「……僕は」
レンは顔を上げ、焚き火の向こうにいる師匠を真っ直ぐに見据えた。
「僕は、国を乗っ取るつもりなんてありません。……ただ、この力の『本当の意味』を知りたい。そして、両親がなぜ僕を捨てたのか、その真実が知りたいです」
迷いのない瞳。 それを聞いたギルバートは、満足そうに頷いた。
「合格だ。力に溺れず、真実を求めるか。……いいだろう」
ギルバートは立ち上がり、北の方角を指差した。
「だったら、行くべき場所がある。俺のスパルタ特訓の総仕上げだ。……北の極点、『常闇の氷河』。そこに、始祖王朝の遺跡が眠っているという噂がある」
「常闇の氷河……」 「Sランクへの昇格試験は一旦お預けだ。まずはそこで、自分のルーツと向き合ってこい。……それが終われば、お前は本当の意味で覚醒するはずだ」
レン、アリア、ミリスは顔を見合わせた。 ただの冒険者稼業だった旅は、いつしか世界の根幹に触れる旅へと変わろうとしていた。
「行きます。僕の、始まりの場所へ」
レンの決意に、夜空の星が静かに瞬いていた。




