Sランクの壁と未熟
闘技場に、乾いた音が響いた。 それは、アリアの魔剣が弾き飛ばされ、地面に転がる音だった。
「――そこまで」
ギルバートの静かな声が、終了を告げた。 制限時間の10分まで、あとわずか。 だが、結果は明白だった。
アリアは剣を弾かれて膝をつき、ミリスは背後を取られて杖を首筋に当てられている。 そしてレンは――ギルバートの錆びた剣先を、眉間に突きつけられていた。
「……くそっ、負けた……」
レンは悔しさに唇を噛んだ。 決して油断していたわけではない。新装備も、三次元機動も、連携も、全て出し切った。 勝負をかけた一瞬――レンが囮になり、アリアが死角から強襲する必殺のパターン。 だが、ギルバートはレンが『固定』を発動するコンマ1秒前に、レンの手首を剣の柄で叩き、魔法を不発にさせたのだ。 魔法の発動タイミングを「殺された」。
観客席は静まり返っている。 英雄『銀翼』の敗北。その事実は重かった。
「……判定は?」
ギルバートがギルドマスターのオルガンを見上げる。 オルガンは沈痛な面持ちで首を横に振った。
「……規定により、不合格とする」
Sランク昇格失敗。 アリアが地面を叩き、ミリスが泣きそうな顔でうつむく。 レンは震える手で、突きつけられた剣を押し退けた。
「……完敗です。ギルバートさん、あなたは強すぎる」 「違うな」
ギルバートは剣を収め、冷徹な瞳でレンを見下ろした。
「俺が強いんじゃない。お前が『下手』なんだよ」 「え……?」 「お前、その『固定』の力……自分じゃ使いこなしてるつもりだろうが、全然なってねえな」
ギルバートの指摘に、レンは反論しようとした。 だが、言葉が出ない。
「お前は空間を『点』でしか捉えていない。座標を指定し、其処を止める。……だがな、空間ってのは流動している『水』のようなもんだ。お前は無理やり杭を打って止めているだけで、流れそのものを御せていない」
ギルバートはレンの胸を指先で突いた。
「だから、俺レベルの相手には動きを読まれるし、魔力の流れから発動の瞬間を悟られる。……今のままじゃ、Sランクどころか、世界に潜む本当の化け物には勝てねえよ」
レンは衝撃を受けた。 これまで、『固定』は無敵だと思っていた。 魔力が上がり、範囲が広がれば最強だと。 だが、それは「力任せ」の応用でしかなかったのだ。技術としての深淵には、まだ足を踏み入れてすらいなかった。
「……使いこなしてない、か」
レンは自分の手を見つめた。 魔人ボルットンとの戦いでも、最後は力押しだった。 もし、もっと繊細な空間把握ができていれば。もし、流れを読むことができていれば。
「出直してきな。Sランクの看板を背負うには、まだ早すぎる」
ギルバートは背を向け、去ろうとした。 だが、数歩歩いて立ち止まり、振り返らずに言った。
「……だが、素材は悪くない。基礎から叩き直してやるから、明日、俺の隠れ家に来い」 「え?」 「特訓だ。……それとも、一生『未熟な英雄』のままでいるつもりか?」
その言葉に、レンの目に光が戻った。 挫折。それは裏を返せば、まだ伸び代があるということだ。
「……行きます! お願いします!」 「アリアとミリスもだ。お前らも、才能に胡坐をかいてる節がある。全員まとめてシゴいてやる」
ギルバートはひらひらと手を振り、闘技場を後にした。 観客席からは、健闘を称える拍手ではなく、厳しい現実に直面した若者たちへの激励の拍手が送られた。
「……悔しいな」
レンが呟くと、アリアが立ち上がり、レンの背中をバシッと叩いた。 痛い。でも、その痛みが現実に引き戻してくれた。
「へっ、当たり前だろ! 負けたまま終わるなんて、私のプライドが許さねえ!」 「私もです……! もっともっと練習して、次は絶対に見返してやりましょう!」
三人は顔を見合わせ、頷いた。 Sランクへの道は閉ざされたわけではない。ただ、少しだけ先延ばしになっただけだ。 より強く、より高く飛ぶための助走期間。
レンは拳を握りしめた。 目指すのは、ただの固定屋ではない。 空間の流れすらも支配する、真の『空間の支配者』だ。
こうして、王都での甘い凱旋気分は吹き飛んだ。 翌日から、最強の師匠ギルバートによる、地獄の特訓が始まろうとしていた。




