反撃の狼煙
翌朝。 王城の空気は、前回の謁見とは比べ物にならないほど張り詰めていた。 玉座の間には、再び国王レグルスと、宰相ボルットン、そして多くの貴族たちが集められていた。
その中央に、レンたち『銀翼』と、証人として連れてこられたギルバート、そして近衛騎士団長のエリスが立っていた。
「……レンよ。昨夜の騒動、そして其方が持ち込んだ『告発』について、説明せよ」
国王の低い声が響く。 レンは一歩前に出ると、昨夜回収した証拠品を次々と絨毯の上に並べた。
地下で見つけた紫色の強化薬。 キメラの体内から摘出した、人工的な魔石。 そして、捕縛した暗殺者の供述書だ。
「これらは全て、宰相ボルットン閣下が裏で進めていた『人造魔獣計画』および、国家反逆の証拠です」
レンが淡々と告げると、広間がどよめきに包まれた。
「なっ……! でたらめだ!」
ボルットンが顔を真っ赤にして叫んだ。
「陛下! これは陰謀です! この卑しい冒険者どもが、私の失脚を狙って証拠を捏造したのです! 私が魔物を作るなど、ありえるはずがない!」
ボルットンの剣幕に、周囲の貴族たちも「そうだ、宰相閣下がそんなことを」「平民の戯言だ」とざわめき始める。 権力という壁。 証拠があっても、それを揉み消す力が彼にはある。
だが、レンは動じなかった。
「捏造ではありません。……証人がいます」
レンが視線を送ると、ダルそうに欠伸をしていたギルバートが、ポリポリと頭をかきながら前に出た。
「あー、陛下。お久しぶりですな」 「……ギルバートか。久しぶりだな」
国王が目を見開く。Sランク冒険者である彼は、国王とも面識がある数少ない人物だ。
「俺が見ましたよ。昨夜、ボルットンの私兵団がキメラをけしかけ、さらにコイツらを暗殺しようとした現場をね。……俺の目が節穴だとでも?」
ギルバートが凄味を利かせると、ボルットンの顔から血の気が引いた。 「英雄」の証言は、どんな貴族の弁明よりも重い。
「さらに、地下水路の隠し倉庫からは、ボルットン家の家紋が入った木箱が大量に見つかっています。管理台帳の筆跡も、閣下のものと一致しました」
エリスが冷徹に追い打ちをかける。 もはや言い逃れは不可能だった。 国王の表情が、悲しみと、そして激しい怒りに変わる。
「……ボルットンよ。これでもまだ、シラを切るつもりか?」 「へ、陛下……私は、国の軍事力強化のために……」 「黙れッ!!」
王の怒号が響き渡る。 ボルットンはガタガタと震え出し、後ずさりした。 終わった。地位も、名誉も、全て。 その絶望は、瞬く間に狂気へと反転した。
「……フフ、フハハハハハッ!!」
ボルットンは突如、高笑いを上げた。 その目は完全に血走っている。
「愚かな! どいつもこいつも無能ばかりだ! 私がどれだけこの国を憂いていたか、理解しようともせず!」 「閣下、乱心なされたか! 衛兵、取り押さえろ!」
騎士たちが動き出す。 だが、ボルットンは懐から水晶のようなアイテムを取り出した。
「お前たちごときに捕まる私ではない! ……見ていろ、必ず後悔させてやる! 『真の主』の力が満ちた時、この国は灰燼に帰すのだ!」
ボルットンが水晶を砕く。 瞬間、彼の足元に魔法陣が展開された。 転移魔法だ。
「逃がすかッ!」
レンが反応する。 右手を突き出し、空間ごと彼を捕らえようとする。
「――『空間固定』!」
バギィッ!!
見えない檻がボルットンを押し潰そうとする。 だが、転移の光の方が一瞬早かった。 空間がねじれ、ボルットンの体がかき消える。
「アバヨ! クソガキどもォォォッ!!」
捨て台詞を残し、宰相の姿は玉座の間から完全に消失した。
シン……とした静寂が戻る。
「……逃げられたか」
レンが悔しそうに拳を握る。 だが、これで黒幕の正体は白日の下に晒された。 ボルットンは国家反逆者となり、全国に指名手配されることになる。
「レン殿、そして『銀翼』の者たちよ」
国王が玉座から立ち上がり、レンたちの前に歩み寄ってきた。
「其方らの働きにより、国の膿を出すことができた。……礼を言う」 「いえ。ですが、奴はまだ諦めていません。『真の主』……背後にまだ誰かがいる可能性があります」 「うむ。予断を許さぬ状況だ」
王はレンの手を取り、力強く告げた。
「レン・ヴェルベット。今この時より、其方らを『王直属の特務冒険者』に任命する。……逃亡したボルットンを追い、その野望を打ち砕いてくれぬか?」
それは、実質的な「勇者」としての任命だった。 レンはアリアとミリスを見渡し、二人が力強く頷くのを確認して、王に向き直った。
「謹んで、お引き受けします」
こうして、王都にはびこる陰謀の第一幕は幕を閉じた。 だが、戦いは終わらない。 逃亡したボルットン、そして見え隠れする更なる巨悪。 『銀翼』の戦いは、国全土を巻き込む動乱へと発展していく。




