王都炎上
深夜。 王都の下町にある宿屋『黒猫のあくび亭』は、静寂に包まれていた。 レンたちはボルットン一派との戦いに備え、交代で見張りを立てていた。今の当番はレンだ。
窓の外、月明かりに照らされた石畳の道を眺めていたレンの背筋に、冷たいものが走った。 殺気ではない。もっと異質な、ドロドロとした狂気の気配。
「……起こしたほうがいいな」
レンが二人の部屋に向かおうとした、その瞬間だった。
ドォォォォォォォンッ!!!!
爆音と共に、宿屋の一階部分が吹き飛んだ。 激しい衝撃が建物を揺らし、窓ガラスが粉々に砕け散る。
「きゃあッ!?」 「な、なんだ!?」
アリアとミリスが飛び起きてくる。 すぐに黒煙と炎が廊下まで充満し始めた。火の回りが早すぎる。ただの火事じゃない、魔法による爆撃だ。
「二人とも、窓から飛び降りて! 僕は宿の人を助ける!」 「わかった! 死ぬなよ!」
アリアがミリスを抱えて窓を突き破り、外へ脱出する。 レンは煙の中、一階へ駆け下りた。そこでは、宿の主人が崩れた梁の下敷きになりかけていた。
「くそっ、店が……!」 「動かないで! ――『空間固定』!」
レンが手をかざすと、落下してきた数トンの瓦礫が空中でピタリと静止した。 さらに燃え盛る炎の周囲に見えない壁を作り、酸素の供給を遮断して鎮火させる。
「早く外へ! ここは戦場になります!」
主人を逃がし、レンも外へ飛び出した。 外の大通りはパニック状態だった。 燃え上がる宿屋の前で、アリアとミリスが「何か」と対峙している。
「グルルルゥ……ァァァ……」
それは、悪夢を煮詰めたような姿をしていた。 上半身は筋肉が肥大化したライオン、下半身は大蛇、そして背中からは山羊の頭が生えている。 『人造魔獣』。 だが、通常のキメラとは違う。全身の血管が紫色に浮き上がり、目からは血の涙を流している。あの地下で見つけた「強化薬」を過剰投与された成れの果てだ。
「な、なんだこいつ! 斬っても斬っても怯まねえぞ!」
アリアが叫ぶ。 彼女の剣がキメラの腕を斬り裂くが、傷口からは異常な速さで肉が盛り上がり、瞬く間に再生していく。 薬による超回復能力だ。
「ガァァァァッ!!」
キメラが咆哮すると、背中の山羊の頭から毒のブレスが吐き出された。 紫色の霧が周囲の民家へ広がりそうになる。
「させるかッ! ――『空間遮断』!」
レンが滑り込み、両手を広げて巨大な透明な壁を展開する。 毒霧は壁に阻まれ、レンたちの目の前で滞留した。
「ミリス、風魔法で毒を上空へ飛ばせ! 住民に吸わせるな!」 「は、はいッ! 『ウィンド・ブラスト』!」
ミリスの風が毒を巻き上げ、安全な空へと散らす。 だが、その隙にキメラがレンに向かって突進してきた。 速い。 丸太のような腕がレンを叩き潰そうとする。
「レンッ!!」
アリアが間に合わない。 しかし、レンは逃げなかった。
「……この街で暴れる許可は出していないよ」
レンは迫りくる剛腕に向かって、右の掌を突き出した。
「――『座標固定・絶対停止』」
ゴッ……バギィィィンッ!!
キメラの腕が、レンの掌に触れる寸前で「見えない杭」に打たれたように停止した。 慣性の法則を無視した急停止。その衝撃で、キメラ自身の腕の骨がバキバキに砕ける。
「ギャウッ!?」 「再生能力があるなら、何度でも砕いてやる。……アリア、首だ! 再生が追いつかない速度で切り落とせ!」 「おう! 任せろ、八つ裂きにしてやる!」
レンがキメラの動きを部分的に固定し、的を作る。 アリアが神速の剣技で肉を削ぐ。 ミリスが再生を阻害するために傷口を焼く。
燃え盛る王都の夜。 住民たちの悲鳴と、魔獣の咆哮が交錯する中、英雄たちの防衛戦は激化の一途を辿っていた。 だが、彼らはまだ気づいていない。 この騒ぎに乗じて、さらなる「刺客」がレンの背後に迫っていることに。




