裏切りの証拠
地下水路の薄暗い通路で、剣戟の音が響き渡る。 襲いかかってきた黒フードの男たちは、明らかに手練れだった。 無駄のない動き、連携、そして躊躇のない殺意。 だが、相手が悪かった。
「おらぁッ! 動きが止まって見えるぞ!」
アリアが男の一人が繰り出した短剣を紙一重でかわし、その腕を掴んで一本背負いで石畳に叩きつける。 ゴッ! という鈍い音がして、男が白目を剥いて気絶した。 眼鏡で視力を矯正したアリアにとって、彼らの高速戦闘はスローモーションのようなものだ。
「囲んで叩くつもりか? 甘いですよぉ!」
ミリスも負けていない。 彼女は自分を中心にした円状の『拒絶結界』を展開し、近づこうとする暗殺者たちを熱波で牽制していた。
「くそっ、なんだこのガキどもは……!」 「情報と違うぞ! これほど手練れとは!」
暗殺者たちが焦りを見せる。 そして、最後の一人がレンに狙いを定めた。魔法使いと見せかけて、一番隙だらけに見えたのだろう。
「死ねッ!!」
背後からの奇襲。毒塗りのナイフがレンの首筋に迫る。 だが、レンは振り返りもしない。
「――『空間固定・不可視の牢獄』」
カィンッ!
ナイフがレンの皮膚に触れる数センチ手前で、見えない壁に阻まれた。 それだけではない。 男は「引く」ことも「離れる」こともできなくなっていた。レンの周囲の空間そのものが、粘性の高い檻のように彼を捕らえていたのだ。
「な、なんだこれは……体が、動かん……!」 「君たちじゃ勝てないよ。……さて、全員無力化完了だ」
数分と経たずに、十数人の暗殺者部隊は全滅していた。 アリアとミリスが残党を縛り上げ、一箇所に集める。
「……任務失敗だ」
リーダー格の男が、絶望的な声で呟いた。 次の瞬間、彼の顎が不自然に動いた。奥歯に仕込んだ毒を噛み砕き、自害しようとしたのだ。 口封じ。暗殺者の常套手段。
だが、レンはそれすらも予測していた。
「させないよ――『人体固定・顎関節ロック』」
ガチッ。
男の口が、半開きの状態で強制的に固定された。 噛もうとしても、顎が岩のように固まって動かない。
「が、がが……ッ!?」 「死んで逃げられると思わないでください。洗いざらい吐いてもらいますから」
レンは男の口に指を突っ込み、毒のカプセルを摘み出すと、冷ややかな目で見下ろした。 その瞳は、どんな拷問吏よりも恐ろしく見えただろう。
◇
数時間後。 王城の近衛騎士団詰め所。 レンたちは、捕縛した暗殺者と、押収した木箱(違法薬物)を、エリス隊長の前に並べていた。
「……信じられません」
エリスは木箱の中の紫色の液体と、ボルットン家の紋章を見て絶句していた。 さらに、レンが『固定』で自白を強要させ(拷問ではなく、嘘をつこうとすると声帯を固定して喋れなくする精神的圧迫で)、引き出した証言書もある。
「地下で魔物を強化する実験を行い、そのデータを他国へ売ろうとしていた……。それも、現職の宰相が……」 「証拠は揃っています。陛下に報告できますか?」 「ええ、もちろんです。これは国家反逆罪に相当します」
エリスの表情が騎士の顔になる。 彼女はレンの手を固く握りしめた。
「感謝します、レン殿。あなた方がいなければ、この陰謀は闇に葬られていたでしょう」 「たまたまです。……それに、売られた喧嘩は買う主義なので」
これで、ボルットンを追い詰めるカードは揃った。 だが、相手は大貴族。 ただで済むはずがない。
◇
同時刻。宰相の屋敷。 豪華な調度品に囲まれた執務室で、ボルットンは報告を受け、ワイングラスを床に叩きつけた。
「パリーンッ!!」
破片と赤い液体が散らばる。
「失敗しただと!? 私の私兵団が、たかがあの子供3人に全滅させられたと言うのか!!」 「は、はい……。さらに、地下の拠点も制圧され、証拠の品も騎士団に……」
部下の報告に、ボルットンの顔が怒りで紫色に変色する。 田舎のネズミだと思っていた。 だが、そのネズミは、ボルットンの喉元に牙を突き立ててきたのだ。
「おのれ……おのれぇッ! レン・ヴェルベットォォォッ!!」
ボルットンは爪を噛んだ。 このままでは終われない。騎士団が動き出せば、身の破滅だ。 ならば、その前に消すしかない。 手段を選んでいる場合ではない。
「……あれを使え」 「は? しかし閣下、あれはまだ制御が……」 「構わん! 『人造魔獣』の試作体を開放しろ! 奴らが寝静まった頃を見計らい、宿ごと吹き飛ばしてしまえ!」
ボルットンの瞳に狂気の光が宿る。 王都の夜に、最悪の獣が放たれようとしていた。




